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ジェシル、ボディガードになる 136

2021年06月09日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
 ……このメンバーとも、そろそろ終わりね。ジェシルは思った。しかし、感傷的には全くならなかった。むしろ、やっと肩の荷が下せると言う安堵感が大きかった。一刻も早く帰りたかった。通常の任務に戻りたかった。悪党どもをギッタンギッタンにグッチャングッチャンにしてやりたい衝動が強くなっていた。……後は宇宙船の修理待ちか。ジェシルは思う。ふとハービィの姿が思い浮かんだ。……あの油切れの音とぎごちない動き方ったら! しかも、臆面も無く面と向かって「ハニー」って言ってくるところったら! ジェシルはくすっと思い出し笑いをする。ハービィと会えなくなるのが、心残りなジェシルだった。
「さて、諸君!」
 そう言って皆を見回したのはオーランド・ゼムだった。グラスを高々と掲げているその顔は、アーセルと飲んでいたせいで、やや赤くなっている。
「よっ! オーランド・ゼム!」
 アーセルは無意味な掛け声をかける。オーランド・ゼムは気障っぽくお辞儀をして見せた。そんな年寄り二人のやり取りに、ジェシルはむっとする。
「我々の目標はあと少しだ」オーランド・ゼムは機嫌よさそうに話す。「宇宙船の破損と言うアクシデントはあったものの、これは宇宙一の大天才ムハンマイド君によって、たちどころに修理されるだろう。そして、旧友のアーセル。若い頃にはかなりの無茶を二人でやったものだ。今では呑んべぇジジイだが(「やかましいやい!」とアーセルが怒鳴る。だが、顔は笑っている)、昔は中々精悍な面構えだったな。そんなアーセルが、シンジケートを潰すと言うわたしの話に乗ってくれた時は嬉しかったよ。打ち明けた時には殺されるんじゃないかと思ったものだ(「何を言ってやがる! お前ぇの言う事を聞かなかったら、こっちが殺されると思ったぜえ!」とアーセルは楽しそうに叫ぶ)。とにかく、色々と助かったよ。……最後は我が永遠の恋人のリタ…… は眠っているか…… 更にはミュウミュウ。良くリタを助けてくれている。実質はミュウミュウが取りまとめてくれていて、感謝している(「いえ、わたくしなど…… リタ様にお仕え出来るだけで果報者ですわ」とミュウミュウは照れて顔を赤くしながら言う)。ムハンマイド君も若いながらも良き理解者だ(「ボクはただ親父が嫌いなだけさ」とムハンマイドは言う。ミュウミュウはそんなムハンマイドを優しく見つめている)。みんなに心から感謝しているよ」
「あら! わたしを忘れているわよ!」ジェシルが噛みつく。「耄碌して忘れちゃったの? オーランド・ゼム?」
「もちろん、忘れちゃいないさ、ジェシル」オーランド・ゼムは笑む。「今は宇宙パトロールの長官であるビョンドルの若い頃以上に凄腕のジェシルのおかげで、こうして皆が一堂に会する事が出来ているのだ。感謝をしているさ」
「そうだそうだ!」アーセルがグラスの中身をぐっと飲み干す。「お前ぇよう、本当、ビョンドルの若ぇ頃より、ずっと過激だよなあ! でもよう、オレはそんな娘っ子が好みだぜぇ。お前ぇは及第点をくれてやるぜえ!」
「ふん! あなたなんかからそんなものもらったって、嬉しくもなんともないわ! かえって迷惑よ!」
 ジェシルは鼻を鳴らし、ぷいっとそっぽを向いた。オーランド・ゼムは笑って見ている。
「あの……」
 おずおずと割って入って来たのはミュウミュウだった。オーランド・ゼムとムハンマイドはミュウミュウを見る。遅れながらアーセルもミュウミュウを見た。ジェシルは何となく面白くない。
「どうしたんだい?」
 ムハンマイドがミュウミュウに小声で言う。その優し気な口調が、ジェシルには面白くない。
「いえ。……あの、リタ様が、そろそろ限界のようで……」
 ミュウミュウも小声だった。リタはミュウミュウの肩に頭を凭せ掛けて、すうすうと寝息を立てている。その顔は安らかだ。
「ふむ、色々な緊張が解けたような顔だね」
 オーランド・ゼムがリタの寝顔を見ながら小声で言い、優しく笑む。その邪気のない笑顔が、ジェシルは面白くない。
「ばあさんも歳だな。オレより一つか二つ位、上なだけのくせしやがってよう。育ちの良い姫様だからなぁ……」
 いつも怒鳴り声のアーセルも何故か小声で優しい物言いだ。怒鳴り声で口汚い物言いをされ続けたジェシルは面白くない。
「どうだろう、ムハンマイド君? リタの部屋はあるかね?」
「すぐに用意できるよ、オーランド・ゼム」ムハンマイドは言うと、ジェシルを見た。「ジェシル、君の使う部屋の一つ手前の部屋だ」
「どうして、わたしに言うのよ?」
「男連中に、部屋まで連れて行けって言うのかい?」
「ミュウミュウがいるじゃない?」
「おいおい、ミュウミュウにリタを抱えて階段を上れって言うのかい(「うむ、それは厳しいだろうな」とオーランド・ゼムが言う。「宇宙パトロールだろう? 人助けをしやがれってんだ」とアーセルが言う)? 力は君の方があるだろう?」
「……分かったわよ」
 憮然とした表情でジェシルは立ち上がる。ジェシルは、リタを起こさないように注意しながら横抱きにして持ち上がる。思った以上に軽く、小さく、ごつごつしている。
 ミュウミュウも立ち上がり、ジェシルの横に並ぶ。
「ジェシルさん、申し訳ありません……」
「良いのよ、気にしないで」ジェシルは言う。穏やかな寝顔のリタを見ると、先ほどまでの面白くない気持ちがどこかへ消えてしまった。「それにこんなに軽いんじゃ、抱えていないのと同じだわ」
「はい…… かなりお疲れになったようですわ」ミュウミュウは心配そうにリタを見ている。「……階段、大丈夫ですか? 足元は見えますか?」
「大丈夫よ。……まあ、色々とあったから。それも一度にやって来たようなものだものね」
「歳を取ると言うのは、辛いものですね……」
「でも無駄に歳を取ったんじゃなきゃ、良いんじゃないかしら? ここに居る年寄りは、それなりの事をやって生きて来ているんだから」
「そうですね…… わたくしも、そう言う生き方をしたいです……」
「大丈夫よ、これから、まだまだじゃない」


つづく

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