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ジェシル、ボディガードになる 137

2021年06月10日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
 朝になり、ジェシルは部屋から出て居間へと降りて来た。昨夜はリタを部屋まで運び、そのまま自分の部屋に入った。ジェシルもそれなりに疲れていたのだろう。シャワーを浴び、からだにバスタオルを巻きつけたままベッドに転がると、そのふかふか感に満足しているうちに寝入ってしまった。目が覚めたのはまだ早い時間だった。
 自分が一番だと思っていたジェシルだったが、ムハンマイドがすでにソファに座り、分厚い本を手にして、真剣な表情でページを繰っていた。ムハンマイドはジェシルに気が付いていないようだ。ジェシルはにやにやしながらムハンマイドに近付く。毛足の長い絨毯の上をそろりそろりと歩く。ムハンマイドは全く気が付いていない。ジェシルはすぐ後ろに立った。大きな声を出して驚かそうと、ジェシルは大きく息を吸い込んだ。
「おはようございます」
 階段の方で声がした。ミュウミュウだった。ムハンマイドは本から顔を上げ、階段の方へ顔を向ける。ジェシルは驚かすタイミングがそがれて手持ち無沙汰になった。
「ああ、おはよう」ムハンマイドはミュウミュウに言う。やはりその声はどことなく優しい。「良く眠れたかい?」
「はい……」ミュウミュウは照れくさそうに笑む。「わたくしにもお部屋をご用意くださって…… 一人で寝るのって、久しぶりでした。本当、どれだけ振りだったでしょうか……」
「そうなんだ。大変だったね」ムハンマイドはうなずく。「それで? おばあちゃんはまだ寝ているのかい?」
「いえ、まだご様子は窺っておりません。何となく、ここへ来てしまいました。ムハンマイドさんはまだ早いのに起きていらっしゃるんですね。……ジェシルさんも……」
「え?」ムハンマイドはミュウミュウの視線を追って振り返った。憮然とした表情のジェシルと目が合う。「君…… 何時の間に湧いて出たんだ?」
「何を言ってんのよ!」ジェシルは口を尖らせる。「さっきから後ろに居たじゃないのよ! 気が付かなかったって言うわけ?」
「いや、全く気が付かなかったよ……」ムハンマイドは言ってから、はっと気が付く。「そうか、君の事があまり好きではないので、無意識に無視をしようとしているんだな」
「ふざけているの?」
「いや、本当さ」ムハンマイドは真顔だ。「ま、後ろに立っていたと言う事は、ボクを驚かせて楽しもうって言う魂胆だったんだろう? 良い大人がやるとは思えない程、幼稚だな」
「ふん! そうじゃないわ! 何の本を読んでいるのかと思ったのよ!」
「嘘は言うなよ。これはそう簡単に読める本じゃないんだよ」
 ジェシルは頬をぷっと膨らませると、ムハンマイドの横にどっかりと座わり、ムハンマイドがローテーブルに置いた本の表紙をじっと見る。見た事も無い文字が並んでいる。
「……これって、何の本?」ジェシルはムハンマイドに尋ねた。「こんな文字、見た事ないわ……」
「これは、古代ビランドット語なんだよ。これはその言語で書かれていて、最近発見された書物なんだ。古代ビランドット人は無から有を生み出す術を知っていたそうだ。読み解ければ画期的な発見があるかもしれない」
「……あなた、読めるの?」
「まあ、七割ぐらいはね。言語的にはメルンボイッツ語系に近いからね。でも、所々はアレルムン語やハイライル語、さらには未知の言語も含まれている。その未知な言語の部分が核心になりそうだけどね。そして……」
「分かった! 分かったわ!」ジェシルは両手を上げて、ムハンマイドを制した。「聞いたわたしが悪かったわ……」
「……そんな大切な研究をなさっていたのですか」ミュウミュウは言うと、頭を下げた。「それを邪魔してしまって、ごめんなさい……」
「いやいや、君が謝る事は無いよ」ミュウミュウに対するムハンマイドの声は常に優しい。「これは、あくまでもボクの趣味だからね」
「そう言って頂くと、安心しますわ……」ミュウミュウの頬が少し色付く。「……あの、わたくし、リタ様のご様子を見て参ります……」
 そう言うと、ミュウミュウは踵を返して階段を上って行った。
「それで? 君はどうするんだ?」ムハンマイドはジェシルに、無表情な顔を向けて言う。「ボクは研究で忙しいんだ。それに、宇宙船の修理もある。君に関わっている暇は無いと言って良いね」
「何よ、ミュウミュウとは全然違う扱いじゃない!」ジェシルはむっとする。「ひどいんじゃない?」
「人を驚かそうなんて思うヤツと、素直に朝の挨拶をする人とを、同じに扱えると思うのか?」
「ふん!」ジェシルは鼻を鳴らす。「そんな事どうでも良いわ! わたし、お腹が空いたわ! 朝食を用意してよ!」
「じゃあ、君の部屋に用意しておくよ。何が良いんだ?」
「ベルザの実の入ったパイとベルザの実のフレッシュジュースね」
「君はベルザの実が好きなんだなぁ……」
「何を呆れているのよ! ベルザの実は宇宙一の美味だわ!」
「でもね、あれを食べ過ぎるとね……」ムハンマイドは深刻な表情をしてジェシルを見る。「太るよ……」
「え?」ジェシルは驚いて立ち上がる。「そんな…… 嘘でしょ?」
「ああ、嘘だ」
「ふん!」
 ジェシルは鼻を鳴らすと、階段へと向かった。
 階段を上がりジェシルを、ムハンマイドが笑う声が追いかけてくる。


つづく

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