その夜は楽しい一時となった。
年寄りが嫌いだと公言していたムハンマイドだったが、機嫌が良かった。これは多分にミュウミュウによるところが大きかった。ミュウミュウは、ムハンマイドが何かを話す度に、その長い耳をムハンマイドの方に向け、小首を少し傾げる仕草で、熱心に聞き入ってた。それだけでもムハンマイドはご満悦だったが、時々「素晴らしいですね!」とか「そうなんですね! 知りませんでしたわ!」と言った、敬意と羨望の混じった合いの手を、それも可愛らしい声で入れてくるのも良かった。酒が少し入ったムハンマイドは、すっかりにやけてしまい、向かい合って座ったまま動こうとはしなかった。
リタはミュウミュウの横に座り、うとうととしていた。時々ミュウミュウの方に寄り掛かり、その度に目を覚まし姿勢を正すのだが、またすぐにうとうとと始める。
「申し訳ありません……」ミュウミュウはムハンマイドの詫びを言う。「リタ様、お疲れのようで……」
「いや、構わないさ」ムハンマイドは機嫌良く笑う。ミュウミュウ効果が相当効いているようだ。「年寄りは一日中疲れているものさ。それより、そんなに気を使っていたら、君の方が疲れちまうんじゃないか?」
「いえ、わたくしは……」ミュウミュウはにっこりと微笑む。「わたくしは、まだ若いですから……」
「はははは!」
ムハンマイドは笑う。リタが驚いて目を開けるが、すぐに目を閉じ直し、すうすうと寝息を立てる。
壁近くのカウンターバーでは、アーセルがオーランド・ゼムと一緒に酒を酌み交わしている。とは言え、一方的にアーセルがグラスを干していた。
「おう、覚えているか? ハーメン星での列車強盗をよう!」アーセルはオーランド・ゼムに得意げに言う。「あの時は死ぬかと思ったぜえ、なあ?」
「おいおい、声が大きいぞ、アーセル」オーランド・ゼムが困ったような顔で言う。「ここには宇宙パトロールの現役がいるんだよ」
「なあに構わねぇさ! どうせ時効だよ、時効!」アーセルは笑い、グラスの中身をぐいっと空ける。「あの時よう、お前ぇは上手く列車の上にヘリから飛び移れたけどよう、オレはへましちまってよう、足滑らせて落っこちそうになったよなあ」
「そうだったな。わたしが何とかお前の手首をつかんで助けたんだったな」
「そうだそうだ。あれが無かったら、オレは今頃はあの世で酒をかっ食らっていただろうな……」アーセルは涙ぐみ始めた。「……本当によう、お前ぇには一生頭が上がらねぇぜ……」
「その割には、結構偉そうだがな」オーランド・ゼムはそう言うと笑った。「まあ、アーセルにはしおらしい様子なんてのは不似合だよ。今のままで良いさ」
「そうかい? そりゃそうだよなあ!」アーセルはボトルをグラスに傾けた。空だった。「おう、若造! 酒が無ぇぞ、酒がよう!」
「……うるさいなあ」ムハンマイドはミュウミュウとの話の腰が折られて、むっとした顔をアーセルに向ける。「飲み過ぎじゃないか? 止めておいた方が良いと思うけど」
「良いんでぇ!」アーセルは声を荒げる。「どうせ、こんなジジイだ。いつおっ死ぬか分からねぇ。だったらよう、好きなものを好きなだけ飲ませてもらおうじゃねぇか」
「覚悟は出来ているんだ」ムハンマイドが言う。「大したものじゃないか」
「シンジケートを張るヤツって言うのはな、命なんて大事にしてるようじゃ、務まらねぇんだよ」アーセルは吐き捨てるように言う。「それがよう、今の連中は、命大事にってヤツらばかりだ。小粒のつまらねぇのばっかりだ! なあ、オーランド・ゼムよお?」
「……それは言えるかもしれないな。でも、まあ時代だよ」オーランド・ゼムはアーセルの肩を叩く。「わたしたちの若い頃の様な無茶は、今の法律じゃ出来なくなっているのさ」
「へっ! 面倒くせぇ世の中だよなあ!」
「厳しい法律を作らせたのは、あんたたちの悪行のせいじゃないのか?」ムハンマイドがアーセルとオーランド・ゼムに向かって言う。「自業自得だと思うけどね」
「何を難しい事をぬかしてやがるんでぇ!」アーセルが怒鳴る。「そんな事より、酒だ、酒!」
「ムハンマイド君、君の言う事は正しい。」オーランド・ゼムが苦笑する。「だがね、年寄りは過去を、輝いていた時代を、生きているのさ。許してくれたまえ」
「……まあ、良いや」ムハンマイドはつぶやくように言う。「ほら、酒は用意したよ。好きなだけ飲んでくれ」
カウンターバーには封を切っていないボトルが十本並んでいた。アーセルは歓声を上げながらボトルを一本手にした。
ジェシルは皆のそんな遣り取りを絨毯の上に座って眺めていた。ジェシルの前にはベルザの実を山のように盛った籠が置かれている。ムハンマイドが出したものだった。ジェシルは仇討ちの様に矢継ぎ早に実を口に運んでいた。
つづく
年寄りが嫌いだと公言していたムハンマイドだったが、機嫌が良かった。これは多分にミュウミュウによるところが大きかった。ミュウミュウは、ムハンマイドが何かを話す度に、その長い耳をムハンマイドの方に向け、小首を少し傾げる仕草で、熱心に聞き入ってた。それだけでもムハンマイドはご満悦だったが、時々「素晴らしいですね!」とか「そうなんですね! 知りませんでしたわ!」と言った、敬意と羨望の混じった合いの手を、それも可愛らしい声で入れてくるのも良かった。酒が少し入ったムハンマイドは、すっかりにやけてしまい、向かい合って座ったまま動こうとはしなかった。
リタはミュウミュウの横に座り、うとうととしていた。時々ミュウミュウの方に寄り掛かり、その度に目を覚まし姿勢を正すのだが、またすぐにうとうとと始める。
「申し訳ありません……」ミュウミュウはムハンマイドの詫びを言う。「リタ様、お疲れのようで……」
「いや、構わないさ」ムハンマイドは機嫌良く笑う。ミュウミュウ効果が相当効いているようだ。「年寄りは一日中疲れているものさ。それより、そんなに気を使っていたら、君の方が疲れちまうんじゃないか?」
「いえ、わたくしは……」ミュウミュウはにっこりと微笑む。「わたくしは、まだ若いですから……」
「はははは!」
ムハンマイドは笑う。リタが驚いて目を開けるが、すぐに目を閉じ直し、すうすうと寝息を立てる。
壁近くのカウンターバーでは、アーセルがオーランド・ゼムと一緒に酒を酌み交わしている。とは言え、一方的にアーセルがグラスを干していた。
「おう、覚えているか? ハーメン星での列車強盗をよう!」アーセルはオーランド・ゼムに得意げに言う。「あの時は死ぬかと思ったぜえ、なあ?」
「おいおい、声が大きいぞ、アーセル」オーランド・ゼムが困ったような顔で言う。「ここには宇宙パトロールの現役がいるんだよ」
「なあに構わねぇさ! どうせ時効だよ、時効!」アーセルは笑い、グラスの中身をぐいっと空ける。「あの時よう、お前ぇは上手く列車の上にヘリから飛び移れたけどよう、オレはへましちまってよう、足滑らせて落っこちそうになったよなあ」
「そうだったな。わたしが何とかお前の手首をつかんで助けたんだったな」
「そうだそうだ。あれが無かったら、オレは今頃はあの世で酒をかっ食らっていただろうな……」アーセルは涙ぐみ始めた。「……本当によう、お前ぇには一生頭が上がらねぇぜ……」
「その割には、結構偉そうだがな」オーランド・ゼムはそう言うと笑った。「まあ、アーセルにはしおらしい様子なんてのは不似合だよ。今のままで良いさ」
「そうかい? そりゃそうだよなあ!」アーセルはボトルをグラスに傾けた。空だった。「おう、若造! 酒が無ぇぞ、酒がよう!」
「……うるさいなあ」ムハンマイドはミュウミュウとの話の腰が折られて、むっとした顔をアーセルに向ける。「飲み過ぎじゃないか? 止めておいた方が良いと思うけど」
「良いんでぇ!」アーセルは声を荒げる。「どうせ、こんなジジイだ。いつおっ死ぬか分からねぇ。だったらよう、好きなものを好きなだけ飲ませてもらおうじゃねぇか」
「覚悟は出来ているんだ」ムハンマイドが言う。「大したものじゃないか」
「シンジケートを張るヤツって言うのはな、命なんて大事にしてるようじゃ、務まらねぇんだよ」アーセルは吐き捨てるように言う。「それがよう、今の連中は、命大事にってヤツらばかりだ。小粒のつまらねぇのばっかりだ! なあ、オーランド・ゼムよお?」
「……それは言えるかもしれないな。でも、まあ時代だよ」オーランド・ゼムはアーセルの肩を叩く。「わたしたちの若い頃の様な無茶は、今の法律じゃ出来なくなっているのさ」
「へっ! 面倒くせぇ世の中だよなあ!」
「厳しい法律を作らせたのは、あんたたちの悪行のせいじゃないのか?」ムハンマイドがアーセルとオーランド・ゼムに向かって言う。「自業自得だと思うけどね」
「何を難しい事をぬかしてやがるんでぇ!」アーセルが怒鳴る。「そんな事より、酒だ、酒!」
「ムハンマイド君、君の言う事は正しい。」オーランド・ゼムが苦笑する。「だがね、年寄りは過去を、輝いていた時代を、生きているのさ。許してくれたまえ」
「……まあ、良いや」ムハンマイドはつぶやくように言う。「ほら、酒は用意したよ。好きなだけ飲んでくれ」
カウンターバーには封を切っていないボトルが十本並んでいた。アーセルは歓声を上げながらボトルを一本手にした。
ジェシルは皆のそんな遣り取りを絨毯の上に座って眺めていた。ジェシルの前にはベルザの実を山のように盛った籠が置かれている。ムハンマイドが出したものだった。ジェシルは仇討ちの様に矢継ぎ早に実を口に運んでいた。
つづく
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