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ヒーロー「スペシャルマン」・15

2018年09月12日 | スペシャルマン
 オレは「スペシャルマン」と呼ばれる正義のヒーローだ。常人の及ばない様々な特殊能力を秘めている。この力で悪を倒し続けているのだ。
 さて、ヒーローの条件の一つとして認識されているものに、酒に関することがある。早い話、飲むのか飲まないのか。飲まないとなると堅物で人情味のないヤツと思われそうだし、飲むとなるとどこかで羽目を外してしまい救いようのない失敗をしてしまいそうな危険なヤツと思われそうだ。どっちにしても具合が悪い。だから今までのヒーローはこの問題をタブー視し、うやむやにしていた。
 一言付け加えておくと、オレにとってはアルコールは味は解かるが、水と同じなのだ。だから、どれだけ飲んでも全く酔わず、影響は受けない。これはオレのヒーローとしてのいつでも臨戦態勢との自覚が体質を変化させたものと言えるだろう。あるいは持って生まれた体質なのかもしれない。どちらにせよ、オレにはヒーローの要素が備わっていると言う事だ。どうだ、すごいだろう。
 しかし、一般人はそうではない。酒を飲めば酔う。
 翔子とちょっと気取ったレストランでディナーを楽しんでいた時だった。ワインが進む。オレは水のように飲む。翔子もつられたのか結構なペースで飲んでいた。それで、酔った。
「ねえ、スペシャルマン!」酔うといつもオレをこう呼ぶ。「いったいいつになったら結婚してくれるのよ!」
「いつも言うように、オレにはいつも危険が付き纏う。結婚は世界が平和になってからだ」
「いつ平和になるのよ! 「ブラックシャドウ」を倒したって、次にまた悪の組織が出てきたらどうすんのよ!」
「悪を倒すのがオレの宿命だ」
「わああああ(テーブルに顔を伏せて大泣きを始める)! わたしはこのまま永遠に行かず後家なんだわ!」
 周囲が白い目で見つめてくる。……うんざりだ。
 オレはご存知のように会社勤めをしている。緊急時に戦いに向かうオレを理解してくれている同僚との交友も大切だ。同僚の行きつけのスナックに連れて行かれ、ホステスのお姉ちゃんたちに囲まれる。同僚はグラスに並々と注いだウイスキーをオレの前に置き、一気飲みさせる。オレは平気で飲み干す。お姉ちゃんたちは歓声を上げる。
「こいつさ、実はスペシャルマンなんだぜ」同僚は種明かしよろしく話す。そして自慢げに付け足す。「オレの同僚なんだぜ」
「まあ! すてき!」
「正義のヒーローとお知り合いになれてうれしいわあ。これ私の名刺」
 お姉ちゃんたちは同僚の横を離れてオレを囲む。それが同僚には面白くない。お姉ちゃんたちが居ないので自分で水割りを作ってはがぶがぶと飲み続ける。
「でもな、こいつは仕事は大して出来ないんだ」酔った勢いでオレの悪口を言いだす。「それにいつも同じスーツでさ、センスがないんだよな」
 だがお姉ちゃんたちは聞いていない。有名人(らしい)のオレと仲良くなろうと媚び媚びだ。オレとしては迷惑なだけなのだが。
「おい、もう帰るぞ!」同僚は怒鳴る。「ここの勘定はモテモテの正義のヒーローに持ってもらうからな!」
 外に出るとオレの胸ぐらをつかむ。
「もう二度とおまえとは飲みに行かないからな! なにが正義のヒーローだ! スケベ野郎なだけじゃないか!」
 言い捨てて一人帰って行く。誘ったのは同僚の方だ。だが、これでオレの良き理解者が一人減る。……うんざりだ。
 同僚ならまだいい。上司に接待にかり出されると厄介だ。
「この男、スペシャルマンなのですよ」上司は酔うと自分のことのように言い出す。「早速変身姿を見てもらいましょう」
「いえ、さすがにそれは……」オレは躊躇する。「見世物ではありませんし……」
「君、わたしに恥をかかせる気かね?」ぎろりと眼鏡越しの瞳が光る。「会社、辞めるかね? ホームレスのヒーローになるかね?」
「……わかりました……」
 変身してみせる。狭い宴会席だと苦労する。何度か失敗するときもある。相手の会社のお偉いさんたちは、やんやと喝采はしてくれるが、すぐに興味を失う。一発芸と同じと思っているようだ。年配にはそう映るものなのかもしれない。その後は、変身したままの姿でオレは上司の横で正座している。たまに酌などもする。
「どうだね、うちへ来んかね?」上司が席を外すとそう話しかける相手も居る。「給料は今の数倍は出そう。ポストも特別に用意しよう。仕事? 我が社のイメージをアップしてくれる活動だな。あ、これじゃ広報部と一緒か」
 結局は酔った席での戯言だ。誰も責任はとらないし、行われることも無い。……うんざりだ。
 さて、オレには唯一酔える飲み物がある。牛乳だ。何故かは分からないが、コップ一杯でヘロヘロになってしまう。
 オレはこんなうんざりするようなことがあった日は、少しだけ牛乳を飲むことにしている。少しだけ酔う。これが心身のリフレッシュになる。
 ある朝、政府の某要人から電話があった。
「……はい……」
「スペシャルマン、昨夜はどうしたのだ?」
「……おっしゃる意味が分かりませんが……」
「都心で「ブラックシャドウ」が暴れていたのだよ。連絡したが、君は出なかった」
「……」
 オレは記憶をたどる。翔子と同僚と上司とが三日続き、さすがにうんざりして疲れ果てたオレは、牛乳の量をいつもより多めにしたようだ。
「言い訳はいらないよ、スペシャルマン」オレが言いだす前に要人が冷たく言う。「幸い、スペシャルウーマンが駆け付けてくれて、難を逃れることができた。……今回はラッキーだったな。次からは気を付けることだ、さもないと……」
 電話は切れた。「さもないと…… 次は無い」と言う事を言外にぷんぷんと臭わせていた。
 迂闊だった。ストレスに晒されてもヒーローを続けるオレには、ささやかな休息も許されない状況なのだ。ヒーローは悪がこの世にある限り休むことは許されないのだ。 
 だから早く政府直属にしろって言ってんだ! ヒーローにのみ集中できる環境をよこせってんだ! 周りももっとオレに気遣え!
 こんなんじゃ、オレが悪のヒーローになってしまうかもしれない。

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