岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

4 ブランコで首を吊った男

2019年07月15日 14時44分00秒 | ブランコで首を吊った男/群馬の家

 

 

3 ブランコで首を吊った男 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

洋菓子屋に入り、ガラスのショーウインドーを見る。彼女の好みが分からないので、並んでいるケーキを一種類ずつ購入する事にした。十五種類もあれば、静香も満足してくれる...

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 毎日のようにいじくっていたせいか、綺麗な純白だった静香のパンティは、黒ずんできていた。
 最初の頃のほのかに香るいい匂いは、もう何も感じない。それどころか僕の唾液の臭いで、悪臭がしてきていた。新しい静香のパンティがほしい……。
 最近、隣は旦那が帰ると、ちょっとした言い争いが始まっていた。必死に話し掛ける静香に対して、面倒臭そうに答える旦那。
 話し合いの最後が酷い時、静香は決まってアパートを飛び出し、公園で一人ひっそりと泣いていた。
 傍に行って慰めてあげたかったが、今の僕では役不足であるのは百も承知だ。窓から、こっそり様子を眺めるしかなかった。
 日常、静香は、僕と会っても辛さなど微塵も感じさせないよう気丈に振舞っていた。楽しそうに笑う彼女の裏側には、泣き顔がある。
 この間までの会話でハッキリしている事があった。
 静香はセックスに飢えているのだ……。
 二十代半ばの女が、結婚をし子供を産み、専業主婦になる。旦那との性行為がなくなり、次第に寂しさを感じるようになっていく。
 世の中、出会い系サイトが流行る訳だ。
 まだ幼い子供のいる静香は、そんな無茶もできない。裏側の汚れた世界に、まだかろうじて一線を引いている。
 このような状況になるのを僕は待っていた。
 あと一押しで静香は崩れる……。
 明日辺りビデオカメラを借りに来るだろう。その時僕の作戦が、初めて効果あるものになるのだ。



 窓から見える公園の風景。
 静香がビデオカメラを持ちながら、子供を撮影しているのが見えた。砂場遊びに始まり、ジャングルジム、シーソーと順々にこなしていく。最後にブランコに乗って撮影は終わる。こんな映像を見ても面白く感じるのは、その家族ぐらいの平凡なビデオ。
 写っている子供と、それを撮っている親が違うぐらいで、出来はどの家もそう変わりはないだろう。
 いつものように静香から受け取り、パソコンに映像を取り込む。
 今回はそのまま、DVDにするつもりはない。
 最後のほうのシーン、ブランコに子供が走っていく映像がある。その部分をコマ送りに詳しく見てみた。チェックし終わると、口元が自然とにやけてくる。
 プロのデザイナーが使うアプリケーションソフト、フォトショップを起動した。
『公園』のフォルダを開き、首吊り男の全身が写っている画像を探す。
 全部で二枚あった……。
 右側から撮った画像のほうがいいだろう。僕はその画像をフォトショップにぶち込んだ。その画像を『A』とする。
 静香の撮った映像で、子供がブランコに近づいて写る部分を画像として抜き出し、フォトショップに同じくぶち込む。こっちの画像を『B』とした。
 マグネットツールを使って、首吊り男の全身を丁重になぞっていく。
 うまい具合に男を囲むと、移動ツールに切り替え『B』の画像に移動させた。これを『C』とする。
 これで『C』の首吊り男の全身が『B』の画像に加わる事になる。
 サイズが合わないので自由変形を使い、『C』のサイズを微調整した。首吊り男の切り抜いた部分のアラが目立つので、ぼかしツールを使い丹念にマウスでこすっていく。ここで気をつけなければいけないのが、面倒でもぼかしの大きさを小さめに設定して、男が背景に馴染むよう細かく何度もこする点だ。
 これで『B』の隆志がブランコに向かって走る部分の画像が、恐ろしい心霊合成写真に変化した。
 無邪気に駆け回る隆志。
 その先に写るブランコに中年男が首を吊っている画像。
 それも本物の死体を使っているのだから、リアリティは更に増す。
 僕は霊など信じないが、あくまでもうっすら写っているほうが気味悪いだろう。
『C』のレイヤーの不透明度を五十パーセント、塗りを二十パーセントに調整する。最後に画像を統合させ、一枚の心霊合成写真が完成した。
 同じ要領で、他の画像に『C』のレイヤーを合成させて保存する。
 DVD動画の前の抜き出した部分をカットし、作った数枚の心霊合成写真を動画のコマ送り部分に当てはめる。
 これで心霊合成動画の完成だ……。
 僕は薄ら笑いしながら、八枚目のDVDを作成した。

 静香にはいつもと同じような態度でDVDを渡した。
 丁重にお礼を述べる静香。果たしてこのDVDを見ても、その笑顔でいられるだろうか。この女の精神の崩れる時が近づいてきた。
 僕はその日仕事もせず、壁に耳を押し当てていた。
 いつもその日に作ったDVDを繰り返し、二回は見る静香。今日も同じように見るだろう。
 最後のほうのシーンで、息子の隆志がブランコに駆け寄るシーン。そこに半透明の首吊り死体が映っていたら、どう思うだろうか……。
 反応が非常に楽しみである。
「はい、隆志。ちゃんとこっち向いて」
「はーい」
 隣で静香が八枚目のDVDを見だしたようだ。DVDの音声が聞こえてくる。
「隆志の第八回目の砂遊びでーす。隆志、山を作ってみようか?」
「はーい」
 確か全部で二十分に満たない映像時間だ。まだ問題の部分が映るには、十五分以上待たなくてはいけない。
 昔、有名な監督が言っていた台詞を思い出す。
「もし、ホラーのテレビ連続ドラマを作るなら、一回目の放送から最終回の手前まで普通のホームドラムを作る。そして最終回で一気にドカンと怖いホラーを出すだろう……」
 これは多分、最終回までに視聴者が、登場人物に思い入れを持つような布石を作り、最後で一気に怖い思いをさせるという意味合いなのだろう。
 どのようにしたら、人は恐怖をもっとも激しく感じるか。それは登場人物たちに思い入れを持たせる事から始まると思う。
 それに当てはめると、僕の作ったDVDはなかなかいい線をついていると思う。
 当たり前のように始まる子供の遊び。
 公園の道具を使って色々と遊びまわる。
 動き回るほど、母親は子供をカメラに収めるだけで苦労するだろう。
 最後にブランコへ行く時に、首吊り死体が薄っすら映る。
 実際にその映像を撮っている時には、何も見えなかったのにと……。
 旦那との夫婦間の交流が悪くなり、子供の成長記録をとっておく為に作ったDVDには幽霊が映っている。
 精神に異常をきたすかもしれないだろう。
 霊現象を信じない人間でも気味悪く感じるはずだ。自分の子供に変なものが映っているのだから…。
「滑り台で一生懸命滑る隆志でーす」
 もうじき問題のシーン……。
 もう一度滑って、隆志はブランコの方向へ駆けていく。
「はい、上手によく滑れましたー」
「次、あれー」
「は~い、次はブランコへ向かいまーす」
 もう、一時間は経っただろうか……。
 隣の部屋からは、何の反応もなかった。
 ちゃんと映像を見ていないのか? わざわざDVDを見ましたかと、こっちから確認するわけにもいかない。
 先ほどの問題のシーンでは何の悲鳴も声も聞こえてこなかった。自分の子供だけ、目線を追って見ているから、ひょっとしたら何も気付かなかったのかもしれない。
 それとも首吊りの男を少し半透明にし過ぎて、いまいち目立たなかっただけなのかもしれない。
 敗北感が、全身を支配する。
 想像していた反応と現実は全然違った。しかし、これでへこたれては自称破壊工作のプロフェッショナルの名が泣く。
 そんな事よりも、静香を精神的に弱らせ、そこにつけ込まないといけないのだ。このままでは、静香に何もできないままである。
 次の九枚目DVD作成時には、もう少し考慮して、映像合成しなければいけないかもしれない。

 夜中に隣の香田家は、激しい口喧嘩をした。
 静香がかなり苛立っている証拠だ。ちょうど仕事の残りをこなしていたので、何を言っているかまではよく聞こえない。
 三十分ほどやりあって、静香はアパートを飛び出す。いつものように公園の赤いベンチへ腰掛け、静かに泣いていた。僕は窓から彼女の様子をジッと眺めていた。
 次の日になり、僕は駅前の風俗店に向かう事にする。
 静香がビデオカメラを借りに来るとしたら、一週間ぐらい先の話だ。それまでチャンスは訪れない。そのやるせなさを癒すのに、どうしても女の裸に触れたかった。
 行く途中、公園で静香がいつものように隆志と遊んでいた。昨日の旦那との言い争いのせいか、表情がいまいち冴えていないようだ。一応、声を掛けてみる。
「こんばんはー」
「あ、こんばんわー」
 僕の顔を見ると、静香は無理に笑顔を作る。見ていて痛々しかった。
「珍しいですね、夕方に公園来るなんて……」
「え、ええ…。たまには夕焼けを見ながら、外の空気を吸うのもいいかなって思いましてね。亀田さんは買い物ですか?」
「いえ、ちょっと仕事の打ち合わせで、駅前の喫茶店まで行くようなんです」
 さすがに風俗へ行くとは言えないので、とっさに嘘をついた。
「喫茶店で打ち合わせですか?」
「え、ええ、早乙女という男と……」
 何を僕は、わざわざ他人の名前まで出しているのだ。早乙女とは、今、仕事をもらっている会社の社員で、僕の担当でもある。本当にいけ好かない二枚目気取りの馬鹿だ。まあ、彼の名前まで出せば、彼女も疑わないだろう。
「デザインの仕事も、色々と大変そうですね。頑張って下さい」
「ありがとうございます」
 風俗へ行くのに頑張るもクソもないだろう。
「ママー」
 隆志が静香に駆け寄ってくる。
「どうしたの?」
 隆志の視線が、僕を見つめている。子供心に、僕が子供嫌いだと本能的に分かるのだろうか。
「悪い人だ」
「隆志! そんな事、言っちゃ駄目だって何度も言ったでしょ」
 静香の目つきが険しくなる。
「だって悪い人…。あーん」
 初めて静香が息子を叩いたのを見た。
 隆志は大泣きだ。彼女は申し訳なさそうに何度も頭を下げている。子供にまで手を出すだなんて、もう少しで彼女は限界かもしれない。今度、旦那と喧嘩してアパートを飛び出したらチャンスだ。
 気まずくなった僕は、早々とその場を退散した。

 駅前の風俗店エリアに差し掛かる。
 新しく新規オープンした店『ボンジョビ』という店の黄色い看板が目を引いた。とりあえず店内写真を見に中へ入ってみる。
 豪華なシャンデリアや装飾品が、店内に飾ってある。有名画家が書いたみたいな絵画も多数置いてあった。近辺でここまで金を掛けている店は、ここが初めてであろう。
「いらっしゃいませ。ボンジョビへようこそ」
 ちゃんと蝶ネクタイまでした黒服の従業員が近づいてくる。見事に制服を着こなしていた。こんな対応をされたら、遊んでいかないといけないような気になってしまう。
「お客様、当店のご来店は初めてになられますか」
「は、はあ……」
 向かいにある風俗店『パラダイス・チャッチャ』の従業員とは、対応の質が違う。
「では簡単な当店のシステムから説明されていただきたいと思います」
 簡単な説明を受けると、従業員は現在出勤中の女の子の写真を出してきた。パッと見、二十名はいる。『パラダイス・チャッチャ』にいる女どもとは、品や質が明らかに違っていた。
「ず、ずいぶんと可愛い子が多いんですね……」
「ありがとうございます。当店は現役の大学生中心に集め、店内教育を受けてから初めてお客様に奉仕するようにしています。ですので誰を選ばれても満足されるかと存じます。もし、お客様が不満を感じるようでしたら、すぐにお知らせ下さい」
 久しぶりに感じのいい店へ来られた気がした。いや、ここまでちゃんとしている店は初めてだ。僕は写真を一枚ずつ眺めてから、従業員に聞いた。
「す、すぐに入れる子って……」
「そうですね。まずこちらの由良正美さん、現役女子短大生です。次に田中夢さん、この子は現役看護婦ですね。それから人妻の及川ひよりさん。この三人でしたらすぐの御案内になります」
 どれもこれも甲乙つけがたい。どれもこれも目移りしてしまう。
「十分ほどお待ちになられるのでしたら、こちらの永井ヒカルさん、OLです。それと山口桃香さん、現役女子大生です。次に門脇麗子さん、こちらも同じく女子大生です」
「て、店員さんにお任せします」
「体型などのお好みはございますか?」
「う~ん…。ス、スレンダー……」
 これなら誰がついても文句はない。この感じのいい従業員に任せてもいいだろう。
「かしこまりました。では、あちらの待合室でお待ち下さい」
 ソファに座る時に、プレイを終えた客がカーテンから出てくる。自然と視線がいく。カーテンで、よく風俗嬢の顔は見えなかった。
「どうも、すごい良かったよ」
「本日はどうもありがとうございました」
 その代わり、出てきた客の顔に見覚えがあった。
 あの静香の旦那だ……。
 瞬間的に僕は顔をそむけ、旦那が出て行くまで、そのままの状態でいた。あんな綺麗で素敵な静香がいながら、わざわざ金を払って風俗へ行く旦那。僕には、その神経が理解できなかった。
 予想もしなかった静香の旦那との一方的な遭遇に、動揺を隠せないでいた。
 ある意味、これはいいチャンスかもしれない。幸いに向こうは僕の存在に気がついていない。今日辺り、帰って夫婦喧嘩になれば、間違いなく静香は、あの公園で一人寂しく泣いているだろう。
 今、人生で最大の転機がやってきたのかもしれない……。
 想像するだけで股間がギンギンだ。
 ここで遊ぶのも悪くないが、やっぱり僕は静香を抱きたい。
 お金もまだ払っていないので、僕は隙を見て咄嗟に店を飛び出した。

 

 

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