形之医学・しんそう療方 小石川院長 エッセー

昭和の頃、自然と野遊び、健康と医療のことなど。

錦鯉でガックリ

2011-06-10 15:17:31 | 自然と野遊び

千葉の片田舎、佐倉に来た当初、友人たちがよく来て、
小さな川で一緒に魚獲りをした。 子どもの頃にやった
魚獲りを、またやってみたいというのだ。

私の住むところは、広い印旛沼に直接、間接につながる、
中小の川が網の目のようになっている。 魚の多そうな
小川で、挟みうちにして魚を獲ろうと、いつも手製の大きな
網を2つ持っていく。

向こうで友だちが網を構え、こちらからも挟みうちで、
互いに近寄っていく。 すぐ近くまで来ると、網には
逃げ場を失った大きな魚が網にぶつかり、ゴツゴツと
当たる感触がたまらない。

あるとき、よ~し、せーの と一気に網を上げると、
なんと友だちの網に、他の魚に混じって、紅白の錦鯉が
入っていた。 30センチぐらいものだが、なんだかガッカリした。 
自然の魚を獲ってるのに、なんで錦鯉?  という気分なのだ。 
錦鯉はどこかの庭の池でしか見たことがない。 
赤と白の模様は、どこか人工の匂いがして自然の場所に合わない。 
川や沼にいるのは、あの黒っぽい野性的な鯉だ。 
きっとあの錦鯉は、どこかから逃げ出してきたのだろう。 


子どもの頃、台風などが来た後には、ちょっとした楽しみがあった。
今のようにマンションなどなく、家々では、庭に小さな池をつくっている
家がずいぶんあった。 池には縁日の金魚すくいで獲った、金魚などが
入れてあった。 私の家でも、コンクリートでできた、オヤジの手作りの
ひょうたん型の小さな池があった。 

当時は今のような、大きな下水道がなく、道の脇のドブが下水みたいな
ものだった。 だから大雨が降ると、すぐに水があふれ、池とドブが
つながり、金魚が逃げ出して、ずいぶん離れたドブに泳いでいたりした。 
いつもは家庭から流される、黒っぽいドブ水だけで生き物がいないから、
赤い金魚が泳いでいると、なんとなく不思議な感じがした。 
金魚はすくって、家の池に入れ、儲かった気分になった。


形之医学・しんそう療方 東京小石川
http://www.shinso-tokyo-koisikawa.com/



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