碁をおぼえたのは、小学校2年のときで、将棋の方はそれより2、3年
あとだった。 私の家では親戚の大学生3~5人を預かった学生下宿を
していた。 家族は4人だから、全部で7~9人のにぎやかな生活だった。
その頃の大学生は貧乏でお金のかかる遊びはできなかった。
なので家で始めはトランプ、まもなく碁をやるようになり、その後、
麻雀が流行った。 むろんお金は賭けないで楽しんでいた。
小さい私は、大人の膝の上に座って見ているうちに、自然に碁と
麻雀をおぼえていった。
私の碁の実力は大したことがない。 その頃から今までで対戦した相手は、
全部で10人ほどしかいない。 対局の大多数は、大の囲碁好きだが、
ザル碁党のオヤジだったから上達のしようがない。 体系的な勉強はした
ことがなく、定石書はかったるくて読む気がしない。 秀行先生の囲碁の
考え方の本は面白いので少し読んでいた。
そのザル碁にヘボ将棋の私がいうのだから、かなりアヤしいが、囲碁と
将棋の違いは面白いと思う。 将棋は駒に、<歩>とか、<飛車>、<玉>
などのように始めからその性格が与えられている。 相手の陣地に入って、
<成り>といってそれが変えられることもあるが、変わったなりの性格を
もっている。
ところが碁は、白と黒しかない。 碁石の入れもの、碁笥(ごけ)の中にある
段階では、全部が真っ白か真っ黒の、のっぺらぼーの宇宙人だ。
ほんとうの宇宙人がのっぺらぼーかは知らないが、抽象的というか性質がない。
碁盤に置かれた位置によって、はじめてその性質が与えられる。
つまり他の石、味方や敵との関係、まさしく環境によって性質が決められるのだ。
将棋の駒にも、その時々で攻撃や防御、攻守兼用の役割を果たす駒は
もちろんある。 それでも駒が、はじめから性格を与えられていること
には変わりない。 こうした将棋と囲碁の違いは、考えてみると興味深い。
囲碁は中国が起源、将棋はインドが起源と推定されている。
からだの形は、
生命の器
形之医学・しんそう療方 東京小石川
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