軍部の命令とは天皇の名の下にあらゆる不条理を行わせるための幻の権力行使である。
特攻隊は志願であった。志願しなくとも志願するようにし向けられ、特攻機で帰ってきてもあくまでも死ぬまで特攻をさせようとしたことからも、日本軍はあくまでも生きて帰ってくるのを恥ずかしいと考えている。
ただし、この考えは下士官への押しつけであり、上層部は何としても自分たちの生き残り工作を考えていた。天皇を生かせることと、自分たちが生き残ることはもっとも重要な課題であった。
原爆を落とされても直ぐには降伏しなかったのは、降伏すれば軍部の上層部や天皇が責任を取らせられるためである。
一億玉砕しても最後に生き残る軍部上層部と天皇が安泰であることが必要であった。
死を斡旋する上層部は戦後命を狙われることを恐れ、死ぬまで拳銃を手放さなかったのである。最後の最後まで自分たちは生き抜くというこの悪しき日本の上層部の体質は一向に変わっていない。
大岡昇平の『俘虜記』に於ても日本軍人は敵の捕虜となってはならない。
食糧は現地調達、つまり強盗を教唆していた軍部は、集団自決くらいは別になんでもない。
もともと薩摩藩が琉球を支配していた時代から、沖縄の人を人として扱ってはいないのである。
いまでも沖縄の人たちは大和民族を内地の人間と考えており、内地の人間は沖縄米軍基地のあることも知ったことではないと思っているのであり、米軍による一連の事件に対して内地の人間が立ち上がったことは無いのである。
関東軍が密約で旧ソ連に売却された、彼らが帰国後も赤に染まった人間として戦後補償もなかったというように、集団自決などは簡単に命令することはできるのである。
知らぬ存ぜぬを通せば、事実は決して表面化しない。
官僚たちが薬害でもなんでも知らぬ存ぜぬで通して来たのと同じ構図である。
負ける将軍は役に立たない。負け組官僚を高く評価する製薬会社はないのである。
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