パイプの香り

昔のことを思い出しながら、こんな人生もあったのだ、ということを書いてみたい。じじの「自分史」ブログです。

昔、昔、或る所に・・・/その二十六

2007-03-02 10:59:14 | 自分史
 どうも、女性との話が多いようで恐縮だが、所詮世の中、男と女しかいないんですからア、と開き直るより無かったりして。『悲しみよ、こんにちは』のフランソワーズ・サガン女史も、マスコミに男女のあれこれが作品の内容に多いようだが・・・と聞かれて、これと同じ事を答えている。私が彼女の作品を好きだったから、模倣したと言われそうだが、でも、なんとか 似せようとしてもそうはいかないものだし、第一、真似しなくても、北海道の五人の中に入れるのだからそれで良いのだア、ソレデイイノダア・・・。
 世の格言に『英雄、色を好む』と言うのがあるが、好むと言うより強い種はより多くの子孫を残して、自分の血を絶やすこと無く、国中に広げようとするから、結果的に子供を、それも男子を多く得たいと思うから、色を好むように見えるだけであって、男(牡)は本能で女性(メス)を追いかけ、種の保存を確実にしたいとするのであって、別に男の浮気を(一夫一婦制だから浮気となるが、徳川家康は浮気でない)弁解するわけではないが、男が女を追いかけるのは本能の命ずるところなのであって・・・。

 デッサン会に来ていたО山内T子さんは、赤いベレー帽に胸当てスカートで、ちょっと見は『エデンの東』に出ているジュリー・ハリスのような感じで、絵描き仲間では『聖処女』と噂されていた。彼女は幼児期から喘息を患らったというが、キッスをしても、喉をぜいぜい言わせるだけで、息を止めないから空気が無制限に入ってきて、ロマンチックではないのだ。
さらに胸が小さいからかパットを入れているのは良いとして、肌が鮫肌というのか、ざらざらしていて、皮下脂肪が厚いせいか、ウエットスーツの上から愛撫しているような具合で、何か白けてしまうのだが、感じなくてもちゃんと妊娠するのだからびっくりしてしまった。もちろん、処置するように渡すものはわたしたが、なんか当てが外れたというか、こういう事もあるのだと勉強になりました。

 南2条の西3丁目の南向きに北海道劇場という映画館があって、その西角に果物やさんがあって、その手前側の隣に小さなバーがあって、看板には『ニッカバー・マミイ』とあった。
入った時が丁度開店の日だったので、お手伝いに来ていたのが、ススキノの今のキャバレエ青木の裏通りのクラブ白鳥 (2F)の上のゲイバー『ベラミー』のママ『おちかさん』。島田の鬘を被って和服を着飾った所が淡島千景さんに似ているからだそうな。
似ているといえば、マミイのママは淡路恵子に似ていて、サインしてと言われたことがあるという話で・・・。

 このママさん、東京は中野区江古田の生まれで、キャバレエなどにショーの踊り子を入れる商売の、札商の先輩でラグビ一部出身のS松氏が北海道観光に連れてきたのが最初で、札幌が気に入ってお店を持たせてもらったと言う事らしい。
で、ここでは小生は『ムッシュウ』と呼ばれておりましたです、ハイ。なんかイイ男過ぎてフレンチボーイのようだと言う事らしいんでゲシテ・・・、ホンにスンマセンことで・・・。
 
 で閉店後、おちかさんのお店へ連れていってもらったことがあって、最初はずいぶん大柄な女を集めたモンダと感心していたが、喋ると声が太いから、やっと分かったが、ホントに怪しげな雰囲気でありました。音楽に乗ってストリップを始めたが、着物をぱっと広げてもイチモツが無いのでまたびっくり。で、まだ入りたてで、ひょっこのボーヤがいて豆子とか言っていたのが、今のカルーセル・麻紀だった。


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