今日も原宿に行き、ラフォーレの店内に入った。相変わらず大混雑。
でも、以前の閑静な住宅街を知っている私には、夢のような大変化が信じられない。
あの場所の最初の記憶は昭和29年ごろだろう。もう56年前になるのか。
表参道と明治通りの交差点にはまだ信号機がなかったらしく、米兵が交通整理をしていた。
表通りの道路は舗装されていたが、横路・路地はみな砂利道。
ラフォーレの場所には大きな教会があって、北側が高い斜面なので、1階から道路を見下ろす感じ。
隣りのビルの場所(今八千代銀行とか入っている)は、米軍による空襲の後片付けが済んでないまま、
コンクリートの塊が転がっていた。いわゆるガレキの山という状態。
交通量は非常に少なく、私は友達と、次に来る車の種類のあてっこをしていた。
1~2分に1台しか通らないので、ちょうど良いペース。ほとんど外車。
フォードやシボレーに混じってたまに来る国産車はダイハツのオート三輪。
原宿の駅前には、自転車や荷物の預かり所があった。
昭和30年代には交通量も激増し、明治通りにトロリーバスが走っていた。
40年代に入ると、商店街らしくなってきた。最初のマンションができたのもこの頃だ。
そしていよいよラフォーレ原宿が登場するのである。あれから35年以上が経過した。
今は低年齢化が進みすぎ。もうちょっと大人の街になってくれるとうれしいのだが。
(2010.9.5記)
昔からあるのはキディランドくらいだね。
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