いきなり「日向輝武」などといって誰だかわかるほうが異常である。
研究者でもない限り無理だろう。
明治時代の政治家で、群馬県選出、当選5回。
珍しいキリスト教徒代議士だが、社会的活動ではなく専ら金儲けで有名だった。
一番わかりやすい説明は、今でも文庫本で手に入る森まゆみ著「大正美人伝」の
中心人物「林きむ子」の最初の夫。
私が興味を持ったのは、彼が私の小学校の同級生の曽祖父であったことから。
調べてみたら、私の英文タイプの先生の母の母の兄(大伯父)でもあった。
明治3年(1870)生まれ、前橋中学を終えて、渡米。
幾多の辛酸をなめたが、桑港で日系新聞を刊行するなど実業で成功。
当時の業績は、最初に「人民」の用語を使用したものとして社会学の辞典にまで載っている。
広島県人のハワイ移民の斡旋会社の筆頭株主・副社長として荒稼ぎ。
この時期、日向きむ子は社交界の花形としてジャーナリズムをにぎわす存在だった。
といっても、私腹を肥やすというよりは、政治資金を稼ぎ出す存在。
だが、幸福な家庭は一挙に崩壊。
疑獄事件に巻き込まれた彼は、若くして投獄・狂死するという結末に。
100年後の今、彼の子孫及び係累は、医師・大学教授・法律家・牧師・著名な指揮者として
世界中で活躍している。田中耕太郎経由で皇室まで到達する「系図」は圧巻だ。
彼が見たらさぞかし喜ぶだろう。
誰か大河小説を書いて、それを原作に連続ドラマや大作映画を作ってくれればうれしい。
私自身もその末端にいつの間にか連なっていることに最近気付いたので。(2011.1.9記)
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