「死ぬつもりであそこへ行ったんだ。多分、そうだったと思うよ。
もう昔のことで今ではすっかり笑い話だけどね。
確かにあの頃の僕は、生きていることに息が詰まりそうだった」
胸の内を明かした。
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「初めて耳にしたはなの歌は、言いようのない優しい旋律で僕のくたびれた神経に触れた。
それは深い慰めに満ちていて、心の深淵にまで達する安らぎだった。
生まれてきた素のままの自分に戻されていくような、肩から余分な力が抜け落ちていくような。
少しも躊躇わずに泣けた。
止めどもなく泪が零れたあとには、死にたいと思う暗い気持ちが薄らいでいた」
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「確かに彼女の歌にはそんな力がありますわ。
あの若さで、人の心を瞬時に捉えるテクニックは圧巻です。
そんな脅威とも思える彼女の歌声は、まるで魔法のようですわ」
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「はなは見ての通りアメリカ人との混血だ。
詳しい事情は知らないが、小さい頃から母子家庭で育ったらしい。
十六の時その母親も亡くなり、単身大阪からこっちに来たんだ。
マスターの古くからの知人の娘ということで、いつの日からあの店で歌うようになった」
何か言いたくない只ならぬ事情があるのか、話の終わりに間延びした言い方をした。
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小説「羊の群」より
God Bless You ❣