第一章 暖簾のない居酒屋
明智は、引き戸を開けた。
「いらっしゃい」といつものように彼の心を弾ませる女将の美佐の声がした。
海に近い小さな町の端にある居酒屋「かほり」。
明智は店が休みでない限り、ここに来る。
彼は、カウンターの前に設けられている右から二番目のいつもの席に座った。
「生でいいですか」と美佐がおしぼりを出しながら言った。
「はい」
「今日はおひとりですか。めずらしいですね」と、美佐がジョッキにビールを注ぎながら明智に話しかけた。
「はい。皆さん、忙しいようで」
美佐は、芸能人で言うと、酒田若子に似ている。服装は、夏以外、和服に割烹着で通している。今日もそうであった、
明智は、美佐がどのくらい和服を持っているかと聞こうと思っていると、美佐と明子の声が耳に入った。
そちらのほうを見ると、すぐ隣に、テレビを見ている職人の横井がいた。明智は、横井に挨拶をした。
彼は、毎日のようにこの店に早くから来ている。
そして、いつもの席で、同じテレビを見て、1時間ぐらいで帰っていく。
左奥を見ると、近くの工場に勤めていたが、2年前、早期退職した立花が、その隣の当時部下であった倉石とゴルフの話をしている。
一週間に一度会うか会わない人たちだ。
明智は、「こんばんは」と挨拶をしてから、ジョッキを挙げた。
急に扉が開き、「こんばんわ」と挨拶をして入ってきたのは、設計会社社長の園城寺だ。
皆に愛想よく皆に挨拶をした。
ゴルフ、歌が好きなようで商売柄、遊びは何でも知っていそうだ。
園城寺は美佐と一言二言はなしをして、ビールを注文した。
続いて、工事職人の八木が扉を開けて入ってきた。
美佐曰く、八木の歌は素人離れしているとのことである。
これで、カウンターは満席になった。
女将は、つまみを作ったり、生ビールを入れたり孤軍奮闘して客との会話も少なくなってきた。
それから、小一時間過ぎ、客はそれぞれ帰って行った。
残った客は、園城寺と明智の二人。女将が若かったころの写真を見せた。
さすが、きれいだと明智は、
「昔はもてたでしょう」と女将に驚いたと言った。
女将の話は、きりがないので、頃を見計らって、二人は店を出た。
翌日も横井は、いつもの席に座ってテレビを見ている。立花も来ていたが、今日は一人だった。
明智は同僚の新川と店に入ってきて、横井の席を一つ空けてそれぞれ座った。女将に二人はビールを注文し、ふたりは、煙草に火をつけた。
女将はビールを持ってきて、しばらく二人と話をして、立花のほうに行った。そして、立花の焼酎を作った。
立花は女将に2年前の早期退職の理由をしゃべっているようだ。狭い店なので、端から端まで聞こえる声であった。
立花は、話していた。
「その時、営業をしていたんですが、同業他社の連中から談合を持ちかけられて、それを上司に報告したら上司は、『必要悪』だが、その話に乗るようにと言ったので、それはコンプライアンスに違反するからやめるべきだと言った。」一息ついて、焼酎を一口飲んで
また、「そうしたら、上司は、部長に相談するからと言って出て行って、すぐに戻ってきた。
部長は、談合をやるべきだと言ったので、やむなく、それに従い他者の連中とその打ち合わせをしたんです」
皆、真剣にその話を聞いていた。
「そして、談合を行ったのですが、1週間後、新聞にすっぱ抜かれてしまったのです。
いろいろ新聞社、警察が来たのですがわが社の総務は、立花が勝手にやったことで
会社ぐるみではないと逃げたのです」
「そして、私を首にした。トカゲのしっぽ切りですよ、本当に」
立花は、急に黙ってしまった。
立花は、この談合には、どこかの先生が絡んでいるといって、それを暴いてやるといきりまいた。
女将は、立花の空いたグラスに湯を入れてから、焼酎を入れそっと立花の前に置いた。
立花は一気に飲んで、勘定を払って帰って行った。
女将は「立花さん、つらいのでしょうね」と言って、自分で飲むビールをジョッキに入れた。
第二章 明智さん落ち込む
明智は今日、職場の部下2人を連れてきたので、2席のテーブル席の一つに座った。
いつものように、女将が「お仕事お疲れさまでした」とおしぼりをそれぞれに渡した。
部下の一人、長島が「生3つ」と言い、つまみは野菜いため、卵焼き、焼き肉と頼んだ。
部下2人に会社のことで明智は、突っ込んだりボケたりして、話を盛り上げていた。
そんなとき、裏口から「こんばんは」と園城寺の声が聞こえた。
園城寺は、この店の人気者で、カウンターに座っているテレビの横井、早期の立花、足場職人の八木が園城寺のほうに向って、同時に「今日は、遅いですね。」と言った。
女将がカウンターに座った園城寺の前に「お疲れさまでした」とおしぼりと生ビールが入ったジョッキを置いた。
「女将、うちの所員が昨日工事現場に検査に行き、コンクリート打ちを見ていた時に上の階の床の足場が崩壊して、下敷きになった。すぐに救急車を呼んだようだが、圧死した。
だめだった。あれだけ気をつけて検査をしろと言っていたのに」半分涙声で・・・。
みな急に静かになった。
立花が「園城寺さんのせいではないよ」と言った。
明智は、仕事がら、事故をあちらこちらで見ているので、園城寺の辛さがよく分かった。
不注意によるものが工事の事故では多いので、ちょっと気をつければ回避できるものが少なくないのである。
女将は、心配そうに園城寺の顔をじっと見ていた。
今日は朝から一日中雨降りだ。明智と新川は自転車を降りてカッパを脱いで、店に入った。
カウンターは満席だった。
二人は、テーブルの席に着いた。
今日は、濃い青色の和服の上に割烹着を着た女将が「お勤め御苦労さまでした。」と言い、おしぼりを二人に渡した。
いつもの通り、生ビールと3品のつまみを明智は注文した。
明智がカウンターに座っている八木の隣に女性がいるのに気づいた。彼女は、年の頃なら、35歳前後で髪はボイッシュで淡いピンクの上着そして、黄色いミニスカート。
明智は、八木の彼女かと思い、「紹介してくださいよ」と八木に声をかけたところ、他のお客たちは、急に静かになった。
八木は、それを無視して、ばつが悪そうに彼女に「何か注文しない?」と言ったが、
彼女が悩んでいたので、女将が「卵焼きはどうですか」と声をかけた。
八木は、彼女に「女将の卵焼きは天下一品だよ」とぼそぼそと言った。
八木と彼女は静かに飲んだり食べたりしていたが、時間が7時になったとき、女将に車を呼んでもらい、ふたりはタクシーに乗って帰って行った。
「彼女は隣町にあるスナックの人よ」と、女将が明智たちに淋しそうに言った。
「同伴出勤か。八木さんもやるね」と新川は感心したように言った。
八木は、鹿児島出身、足場職人の頭でこの道35年のベテランであるが、いまだ独り身である。
外の雨は激しさが増していた。
第三章 スナック
明智は、今日は一人で店に入った。
今日の女将は割烹着の下には、竜田川の和服を着ていた。頭もいつものように茶色に染められ、きれいにセットされていた。
いつものように、「お仕事、お疲れ様でした」と言い、「今日はおひとりですか」とおしぼりを置き、
「今日はひとりです」
「何になさいますか」
「生下さい」
カウンターには立花、八木、横井が席を取っていた。
皆が、座った明智に挨拶をした。
明智も、ビールの杯を上げてこたえた。
横井の話し声が聞こえてきた。
横井は、大工職人で女将の大ファンである。明智は(毎日この店に女将の顔を見に来るのだろうか、また女将と話をしに来るのだろうか)とふと考えた。
横井は、「俺はあと2年で定年だよ」と急にさびしそうな声で女将に言った。
この店の常連はほとんどが五十歳前後で、独身者であり、今日の客、八木、立花そして、明智も独身だ。また、皆、女将の大ファンなのである。
いつもの雑談をしていたら、横井はいつもの時間になると勘定を払って帰って行った。
「ねえ、明智さん、歌うたいに連れてって」と女将はビールを飲み干し、ふたりに話しかけてきた。
明智は、「いいですよ。立花さん、八木さんもいかがですか」と言ったら、
八木は、行くと答えたが立花は今日はやめると言った。
明智たちは、行く店は女将にまかした。
女将は、すぐハイヤーを呼んだ。
10分もしないうち、女将は、スナック「順」に二人を案内した。
明智たちは、一度も来たことがない店であった。
客は、ひと組。会社関係の数人のグループが二次会であろうか、歌を独占していた。
明智たちは、カウンターに座って、皆ウイスキーの水割りを頼んだ。
女将が明智と八木に
「今歌っているのは、県議ですよ」と言った。
八木は、「確か、今たばこを吸っている人は、立花さんが居た会社の人ですが、もう一人は知りませんね」と。
なかなか、歌の番が回ってこないので、明智たちは、店にタクシーを呼んでもらった。
そして、来るのを待っていると、彼らは、県議を見送りに店を出て行き、しばらくして、席に戻ってきた。
何かふたりは、こそこそ話をしていた。
どうも、明智たちは、(談合の話しかと)思った。
店のママは、女将に何か耳打ちをしたが、ふたりには聞こえなかった。
扉が開き、タクシーの運転手が呼んだので帰ることにした。
この町に夏が来た。
明智は、久しぶりに新川と店に入った。
今日も横井はいつもの席に座り、たばこを吸いながらテレビを見ていた。
奥のほうには、久しぶりに立花がやはり一人で、ビールを飲んでいた。
その間に明智たちは座って間もなく、「お仕事お疲れさまでした」と言いながら、女将はおしぼりを持ってきていった。
「生でいいですか」
二人はええと答えた。新川は、煙草に火をつけ、メニューを見て適当につまみを注文した。
二人は、会社の話をし始めた。新川は、明智より2年前に、部長職としてこの地に来たのだが、前の職場とは環境そして文化が異なるため人間関係にかなり苦労したようだ。
明智は、新川とは本社で一緒の部署にいたのでよく彼のことは知っていた。
二人の会社の話が一段落した時には、もう横井はテレビの前にはいなかった。
明智は、女将に焼酎を注文した。
「はい」と返事をして、立花と話をしていた女将がこちらにやってきた。
女将は焼酎を作って、明智と新川に持ってきた。
「私もおさけいただこうかな」と言い、生ビールを樽からグラスに入れて飲み始めた。
女将の機嫌が良い時の飲みっぷりだ。
もう時間も9時を超えていた。
女将もよい気持ちになってきたらしく、急に自分の昔話をし始めた。そして、写真を引出しから、事務服を着ている自分の写真を皆の前に置いた。ミニスカートをはいた昔の女将はスタイルもよかった。
明智は、「本当にきれいでしたね」と本心から女将に行った。
女将がビールを飲んで、話し始めた。
「まだ、20歳の時、旅行に友人と北海道に行ったとき、前の夫と知り合ったの。彼は、帝都大学を優秀な成績で卒業して、霞が関のある省庁に入省した1年目の年だったのです。
彼が、私を一目ぼれして、帰ってきてから、長距離恋愛を数年続けて結婚したの。
東京での生活は初めてで、官舎に住んだのですが、なかなか友達ができませんでした。
そうこうしているうちに、女の子が生まれた。
彼は、毎日残業とかで帰りはほとんど午前様でした。
ある日、彼の上着をクリーニングに出そうとポケットを手探りしていたら、メモ紙に電話番号と住所が書かれたものが出てきました。
あまり気にはなりませんでしたが、それを一様写し取っておきました。
そして、何日か経ったある日の夜、家に女の人から電話があったのです。
彼は電話口に出たのですが、驚いたようで小さな声で、またこちらから電話をかけなおすというようなことを言っていました。
私は、これは普通のことではないと思い、翌日写し取っておいた住所に行ってみましたら、マンションで女性の名前の表札がかかっていたんです。
そして夜、彼が帰って来た時にそれを聞いてみたら、彼は、私に別れてくれと言ったのです。
いろいろ事情を彼は言いましたが、もうすでに彼の心は彼女に心は移ってしまっているようでした。
そのうちに、彼は毎日家に帰ってこなくなり、とうとう離婚することになったのです。
そして、この地に戻ってきて、子供を育てました。もう二度と男はいやです。
つまらない話をしてごめんなさい。」と。
立花、明智そして新川はずうっと黙って聞いていた。
「そういえば、先日スナックに行ったら、立花さんのいた会社の人が県議の人と飲んでいましたよ」と女将が明智にも了解を得るような目つきをして話した。
「もう一人は、ほかの会社の営業マンのようでしたよ、談合に何か関係しているのでしょうか」と明智が答えた。
立花は、「そこにいたのは、岩内興産の青山課長で私のかっての上司、そしてもう一人はおそらく、四菱物産の剣山課長代理、県議は中倉代議士だろう。」と一気に話した。
「今度、倉石に聞いてみよう」
新川は立花に「あまり派手に動いては危ないかもしれません。気を付けてください」
と言った。
数日後、明智は、久しぶりに6時頃、店を訪れた。
女将がいった。
「明智さん、お久しぶりですね。お仕事忙しかったのですか」
間をおいて「今日は、何にしますか」といつものようにおしぼりを明智の前に置いた。
「いつもの生下さい」
「つまみは、枝豆と野菜いためで」
明智は園城寺に気づいていった。
「園城寺さん、こんばんは。お久しぶりです」
店には久しぶりの園城寺は、設計事務所の社長だ。
「明智さん、女将そう言えば、このお店の馴染みの倉石さんが、行くえ不明になったような噂を聞いたのですが、何かご存知ですか」と園城寺が言った。
テレビを見ていた横井も驚いたようで、こちらを振り向いた。
女将はえっといって、来ていないと答えた。。
「そう言えば、最近倉石さんはお見えになっていません。そんな噂が出ているのですか。
行くえ不明なんて」と女将は言った。
明智は、「まさか、談合の件にかかわっているのではないでしょうか。もしそうだったら、大変なことになりますよ」とビールを飲み干して、言った。
*
「そうだ。私の友達が探偵事務所をやっているの、ちょっと調べてもらおうかしら。
どう思います皆さんは」と女将。
「それはよい考えだ、この店の仲間がいなくなったんだから、何とか早く探し出さないと」と園城寺。
明智が、「明日、倉石さんの会社に仕事の打ち合わせに行くので、ちょっと調べてみます。
明日の晩、その結果を報告します」と言った。
もう九時を回ったので、皆帰って行った。
そして、翌日の夜、明智は、7時ころ店に入った。
いつものように「いらっしゃいませ」、
明智が座ると「お仕事お疲れ様でした。何にしますか」と女将は言った。
客は、もう横井だけでなく、新川、八木、園城寺、立花そして見慣れない女性が一人いた。
彼女は、ボイッシュな髪形で、目がぱっちりして鼻は高からず低からず口は小さめな端正な顔つきで、茶色系のブレザーに紺のズボンを着ていた。
女将は「明智さん紹介します。この間お話をしたお友達の探偵事務所を開いている立花真理さんです。今回の件については、あらまし話はしときました」と言った。
「見附探偵事務所をやっています立花真理です。よろしくお願いします」
「明智です。こちらこそよろしくお願いします」
「明智さん、今日はどうでした」と女将は尋ねた。
「はい、今日話を聞いたところ、岩内興産はこの町に建設予定のゴミ焼却場建設をめぐって、売り込みを発注元の県に売り込みをかけているようです。その主担当が倉石さんとのことでした。また、この建設には、反対派と賛成派がいまだ対峙しているようです。
いろいろなところで利権がからみどろどろした事が起こっているようですが、詳しいことは分かりませんでした。と明智は一気にしゃべり、やっと口にジョッキを運んだ。
しばらくしてから、真理は「ここにいる皆さん、協力していろいろ調べてみませんか。
危ないようなことは、私のほうでやります。いかがでしょうか」
そして、真理は皆にいろいろ役割をお願いしてまずはお開きになった。
第四章 報告
一か月過ぎたある日。
「本日貸し切りです、申し訳ありません」と書かれた紙が貼られているいつもの店の戸をあけ、明智と新川が入って行った。
いつもと変わらず、「いらっしゃい、お仕事お疲れ様でした。今日は何にします?」と女将が言いながら、おしぼりを持ってきた。
今日の女将は、ピンク系下地に白い蝶が舞っているような和服に割烹着を着ていた。
もうカウンターには、いつもの馴染みと真理が座っており、こちらを向いて、挨拶をした。
明智も新川も、来たジョッキを揚げて、挨拶をした。
しばらく、皆酒を飲んだり、つまみを食べたりして少し落ち着いたところで、真理が言った。
「皆さん、お疲れ様でした。今日は、皆さんの今までの調査結果をお聞きしたいと思いますので、よろしくお願いします。
申し訳ありませんが、事実だけで、推測はあまり入れないようにお願いします。
では、来たばかりで申し訳ありませんが、明智さん、お願いします。
「はい、数回、剣山氏たちが行くスナック順に行きました。カラオケは二人で100曲以上は歌ったと思います。と明智は言って、一息ついたところ、皆は、笑い転げていた。
「冗談はともかく、いやこれは本当のことですが。やはり、四菱物産が建設計画での機器関係の入札は、取り仕切っているようです。今まで入札した会社は、立花さんが勤めていたそして、倉石さんが勤めている岩内興産、中谷商事、有限会社檜山、市口株式会社、四菱物産の五社が常連でした。
毎月一回、勉強会と称して、営業担当者が集まっているようです。その場所は分かりませんでした。と明智は言い続けた。
真理が「御苦労さまでした。よくそこまで調べましたね。出費もだいぶ嵩んだでしょう!」と言ったとき、
「明智さん、今日は飲み放題にしますよ。好きな麦の焼酎お湯割りで作りますので、たくさん飲んでください」と女将は笑いながら、ボトルを開けていた。
新川が「どうも、各社の担当者は、談合は必要悪だと常に言っているらしいので、困ったものです。もう一つ悪いことに、あっちの人間が絡んでいるようなんです。
もしかしたら・・・・」
「新川さん、ばかなこと言わないでください。縁起でもない」と女将はまじめな顔をしていった。女将が笑顔を消すのは珍しいことであった。
皆が急に静かになったころ合いを見計らって、園城寺が
「では次に、私が調べたことを話します」と話し始めた。
「私は、友人のやっている商社の営業の社員に成りすますことができました。そこで、次の入札に参加しようと考えています。明後日が説明会ですので、行ってきます。参加の会社が一同に集まるので、今後いろいろ役に立つと思います」
「園城寺さんご苦労様でした。後ほど、今後の作戦について打ち合わせをしたいので、連絡しますのでよろしくお願いします」と真理は言った。
引き続き、八木が言った。
「私は、いろいろ県に行って聞いてきました。
今回のごみ焼却場建設に関わる機器の入札は五件に分けて行われているようです。
園城寺さんが参加するのが五回目、最終回です。入札は一ヵ月後の十月十五日締め切りになります。どうも、今までの四回の入札では、予算が業者にばれているようで、4回すべてが予算の九十六パーセントで落札されていました」
「八木さん、ご苦労様でした」と真理は言った。
横井が話し始めた。
「建設賛成派と反対派の人たちからいろいろ話を聞いてきました。賛成派は、やはりこの県内の土建業者が主に、賛成派の町議、市議そして県議と一緒になって県民に働きかけていました。特に、まとめ役は、県の大手である清成建設です。この建設計画と関係しているのが、おそらく2ヵ月後に行われるだろうと見られている衆議院議員選挙です。この地域から民自党公認の立候補者がごたごたしていまだ決まっていないようだが、中倉県議たちは官僚出身のなんていう人か忘れたが、推しているようです」
「横井さん、ありがとうございました。ご苦労様でした」と真理は言った。
そして、「皆さん、だいたいこのごみ焼却場建設の入札に絡む構造が分かってきました。機器については機械販売商社、土建工事については建設業者そして行政および政治家等の民官政の談合の可能性があります。また、あの人たちも絡んでいるかもしれませんので、これからは危険ですので、私たちに任せてください。また、この件については、誰にも話さないようにしてください。皆さんの身の危険にかかわることになるかもしれません。くれぐれも、お願いします」と付け加えた。
「さあ、皆さん、今日は飲み放題ですよ、明日は日曜日ですし、ゆっくりたくさん飲んでください」と女将は言った。
皆は緊張から解き放たれて、酒を一気に飲み始めた。一方、真理は、皆に気づかれずにトイレに入って、会社に電話して指示をいろいろ出した。
そして、席に戻り、女将からビールのお酌を受け、一気に飲み干した。
「真理さん、いろいろありがとう。倉石さんは元気にしているかしら?」
と女将は、真理に聞いた。
「まだ、それが、倉石さんのことははっきり分からないんです。これからいろいろ調べてみるから。心配しないで」と真理。
男たちは、したたか飲んでいたが、十二時になると、三々五々帰っていったが、立花だけは酔いつぶれて寝込んでしまった。
女将が「立花さん、大丈夫?」と声をかけると、
「ママ、好きだよ、本当に好きなんだから」と寝言のように立花が言った。
「はい、はい分かりました、立花さん。今タクシー呼びますから待っててくださいね」
10分ほどたって、タクシーが来た。
立花を乗せて、女将はなじみのタクシーの運転手に五千円を渡して、「運転手さん、よろしくお願いします」と言った。
「はい、分かりました」
扉が閉まり、車は走り出した。
もう一時を過ぎていた。今までの喧騒さがうそのように、急に美佐はせつなくなってきた。
十日後の朝、明智は朝刊を読んで驚いた。一面トップの見出しに〔四菱物産、岩内興産に談合で家宅捜査〕と大きく書かれていた。詳細に読むと、談合仲間の会社が通報したらしい。
(園城寺が友人の会社がやったのか)と明智は思った。また、談合には、地方代議士および国会議員も関与の疑いがあることをほのめかしていた。
一方、真理は地検にいろいろ情報を書類で送っていた。
地検も当初は疑っていたが、談合仲間のリーク内容と内容が一致していたので、捜査の参考にしていた。
その後、店には、いつものなじみのお客が何人かは来て飲んでいたが、一切談合関係の話は真理との約束で一切しなかった。
一ヵ月後、関係ある町議、市議そして、県議また、町役場にも地検の立ち入りがあった。
その後、日がたつにつれて、談合事件はだんだん明らかになり、関係者も逮捕されつつあった。
女将は朝、郵便受けに入っていた折込チラシを見たとき、驚いた。それには、今度の衆議院議員選挙の立候補者が紹介されていたが、その中に別れた夫の石立二郎が民自党から出馬していた。(このことは、みなに内緒にしておこう)と決めた。
翌日の夜、店には園城寺、横井、立花、新川そして、明智が飲んでいた。
園城寺は、明智たちに、「今度の選挙で立候補している石立さん。談合で家宅捜査のあった会社が後援会に入っていたようですね。また、逮捕された中倉県議も石立さんを一生懸命応援していたらしいです。民自党も立候補者の身体検査はしているのでしょうかね」と言った。
新川は「関係あると、私は思いますが、女将はどう思いますか?」と尋ねた。
「私には、政治のことは良く分かりません」と女将は言った。
「この町は一体どうなるのかな」と横井がぽつりと言った。
なぜかそれから話はいつもと違い盛り上がらず、9時前にはみな帰った。
十一月二十日に選挙は行われた。当日開票の結果、惜しくも千票差で石立二郎は落選した。
数日後、店に、久しぶりに明智と新川が入った。
「いらっしゃいませ。お仕事ご苦労様でした。明智さん、新川さん、何にしますか」と
おしぼりを置きながら、言った。
横井がつけたテレビのニュースで、石立二郎が選挙違反の疑いで逮捕されたことが報じられていた。
女将、明智、新川も、びっくりしてテレビを見た。
「これで、ごみ焼却場建設の談合事件のすべてが解明されるのでしょうか」と明智は、独り言を言った。
それから数日後、店には、いつものメンバーがカウンターで飲んでいた。久しぶりに、立花も真理もいた。
園城寺が、「そういえば、倉石さんは、どうしてるのでしょうか。まだ、帰ってきてないのかな」と。
「まだ、どこにいるか、警察でも分からないみたいですよ」と真理。
明智が、「あっちのほうに何かされているのかなあ」と。
「もうやめてくださいな」と女将が言った時。
見慣れない男二人が、入ってきて、背のちょっと低い年の頃なら、50歳くらいの男が
立花に向かって「立花さんですね」と聞いた。
「はい、立花ですが・・」
男たちは、警察手帳を立花に見せた。
「ちょっと、署まで来ていただけませんか」
立花は急に体が震えだし、やっとのことで「はい」と言った。
皆、驚いた。
女将が、男たちに向って、「立花さんが、何をしたの?」とやっとの思いで言った。
男たちは、それを無視して、立花を両方から挟んで車に乗せ、行ってしまった。
「もしかしたら、倉石さんの失踪と何か関係があるのかしら。でも、立花さん以上に震えていたけど、大丈夫かしら」と真理が言った。
湿っぽい雰囲気になり、それからしばらくして、三々五々と帰って行った。
まだ、八時を過ぎたばかりであった。
女将一人になってしまった。急に立花のことが心配になってきた。
(なんで連れて行かれたのだろうか。何で文句を警察に言えなかったのだろうか)
涙が出そうになった。
客もきそうもないので、早く店を閉めようかと思って、入口に行ったところ急に扉が開いて、明智が入ってきた。
「ママ、大丈夫? 立花さんきっと何でもないよ」と明智が言った時、横井が入ってきた。
「ママが心配で、見にきたよ」と。
美佐は、嬉しかった。
「みんなで飲みなおそう!」と美佐は言った。
翌日の朝、明智は朝刊を読んで驚いた。
倉石殺害の容疑者として、立花が逮捕されたことが一面に載った。
詳細は、立花が倉石に談合をやめるように説得していたときに、なかなか倉石が納得しなかったので、ついカッとして立花が手を出したところ、倉石が倒れて、頭を打って死んだ。
そして、立花は死んだ倉石を山に埋めたことを自白したと書かれていた。
その夜、明智と新川はいつものように、店に行ったが、入口に[お客様へ、いつもごひいきいただくありがとうございます。誠に申し訳ありませんが、当分の間、休ませていただきます]と書かれた紙が、貼られていた。
明智は、新川に「女将は立花さんが好きだったんだな」と言った。
それから一カ月後、明智は久しぶりに店に行ったところ、笑い声が外に漏れていた。
明智は、「こんばんは」と言って店に入って行った。
(完)
明智は、引き戸を開けた。
「いらっしゃい」といつものように彼の心を弾ませる女将の美佐の声がした。
海に近い小さな町の端にある居酒屋「かほり」。
明智は店が休みでない限り、ここに来る。
彼は、カウンターの前に設けられている右から二番目のいつもの席に座った。
「生でいいですか」と美佐がおしぼりを出しながら言った。
「はい」
「今日はおひとりですか。めずらしいですね」と、美佐がジョッキにビールを注ぎながら明智に話しかけた。
「はい。皆さん、忙しいようで」
美佐は、芸能人で言うと、酒田若子に似ている。服装は、夏以外、和服に割烹着で通している。今日もそうであった、
明智は、美佐がどのくらい和服を持っているかと聞こうと思っていると、美佐と明子の声が耳に入った。
そちらのほうを見ると、すぐ隣に、テレビを見ている職人の横井がいた。明智は、横井に挨拶をした。
彼は、毎日のようにこの店に早くから来ている。
そして、いつもの席で、同じテレビを見て、1時間ぐらいで帰っていく。
左奥を見ると、近くの工場に勤めていたが、2年前、早期退職した立花が、その隣の当時部下であった倉石とゴルフの話をしている。
一週間に一度会うか会わない人たちだ。
明智は、「こんばんは」と挨拶をしてから、ジョッキを挙げた。
急に扉が開き、「こんばんわ」と挨拶をして入ってきたのは、設計会社社長の園城寺だ。
皆に愛想よく皆に挨拶をした。
ゴルフ、歌が好きなようで商売柄、遊びは何でも知っていそうだ。
園城寺は美佐と一言二言はなしをして、ビールを注文した。
続いて、工事職人の八木が扉を開けて入ってきた。
美佐曰く、八木の歌は素人離れしているとのことである。
これで、カウンターは満席になった。
女将は、つまみを作ったり、生ビールを入れたり孤軍奮闘して客との会話も少なくなってきた。
それから、小一時間過ぎ、客はそれぞれ帰って行った。
残った客は、園城寺と明智の二人。女将が若かったころの写真を見せた。
さすが、きれいだと明智は、
「昔はもてたでしょう」と女将に驚いたと言った。
女将の話は、きりがないので、頃を見計らって、二人は店を出た。
翌日も横井は、いつもの席に座ってテレビを見ている。立花も来ていたが、今日は一人だった。
明智は同僚の新川と店に入ってきて、横井の席を一つ空けてそれぞれ座った。女将に二人はビールを注文し、ふたりは、煙草に火をつけた。
女将はビールを持ってきて、しばらく二人と話をして、立花のほうに行った。そして、立花の焼酎を作った。
立花は女将に2年前の早期退職の理由をしゃべっているようだ。狭い店なので、端から端まで聞こえる声であった。
立花は、話していた。
「その時、営業をしていたんですが、同業他社の連中から談合を持ちかけられて、それを上司に報告したら上司は、『必要悪』だが、その話に乗るようにと言ったので、それはコンプライアンスに違反するからやめるべきだと言った。」一息ついて、焼酎を一口飲んで
また、「そうしたら、上司は、部長に相談するからと言って出て行って、すぐに戻ってきた。
部長は、談合をやるべきだと言ったので、やむなく、それに従い他者の連中とその打ち合わせをしたんです」
皆、真剣にその話を聞いていた。
「そして、談合を行ったのですが、1週間後、新聞にすっぱ抜かれてしまったのです。
いろいろ新聞社、警察が来たのですがわが社の総務は、立花が勝手にやったことで
会社ぐるみではないと逃げたのです」
「そして、私を首にした。トカゲのしっぽ切りですよ、本当に」
立花は、急に黙ってしまった。
立花は、この談合には、どこかの先生が絡んでいるといって、それを暴いてやるといきりまいた。
女将は、立花の空いたグラスに湯を入れてから、焼酎を入れそっと立花の前に置いた。
立花は一気に飲んで、勘定を払って帰って行った。
女将は「立花さん、つらいのでしょうね」と言って、自分で飲むビールをジョッキに入れた。
第二章 明智さん落ち込む
明智は今日、職場の部下2人を連れてきたので、2席のテーブル席の一つに座った。
いつものように、女将が「お仕事お疲れさまでした」とおしぼりをそれぞれに渡した。
部下の一人、長島が「生3つ」と言い、つまみは野菜いため、卵焼き、焼き肉と頼んだ。
部下2人に会社のことで明智は、突っ込んだりボケたりして、話を盛り上げていた。
そんなとき、裏口から「こんばんは」と園城寺の声が聞こえた。
園城寺は、この店の人気者で、カウンターに座っているテレビの横井、早期の立花、足場職人の八木が園城寺のほうに向って、同時に「今日は、遅いですね。」と言った。
女将がカウンターに座った園城寺の前に「お疲れさまでした」とおしぼりと生ビールが入ったジョッキを置いた。
「女将、うちの所員が昨日工事現場に検査に行き、コンクリート打ちを見ていた時に上の階の床の足場が崩壊して、下敷きになった。すぐに救急車を呼んだようだが、圧死した。
だめだった。あれだけ気をつけて検査をしろと言っていたのに」半分涙声で・・・。
みな急に静かになった。
立花が「園城寺さんのせいではないよ」と言った。
明智は、仕事がら、事故をあちらこちらで見ているので、園城寺の辛さがよく分かった。
不注意によるものが工事の事故では多いので、ちょっと気をつければ回避できるものが少なくないのである。
女将は、心配そうに園城寺の顔をじっと見ていた。
今日は朝から一日中雨降りだ。明智と新川は自転車を降りてカッパを脱いで、店に入った。
カウンターは満席だった。
二人は、テーブルの席に着いた。
今日は、濃い青色の和服の上に割烹着を着た女将が「お勤め御苦労さまでした。」と言い、おしぼりを二人に渡した。
いつもの通り、生ビールと3品のつまみを明智は注文した。
明智がカウンターに座っている八木の隣に女性がいるのに気づいた。彼女は、年の頃なら、35歳前後で髪はボイッシュで淡いピンクの上着そして、黄色いミニスカート。
明智は、八木の彼女かと思い、「紹介してくださいよ」と八木に声をかけたところ、他のお客たちは、急に静かになった。
八木は、それを無視して、ばつが悪そうに彼女に「何か注文しない?」と言ったが、
彼女が悩んでいたので、女将が「卵焼きはどうですか」と声をかけた。
八木は、彼女に「女将の卵焼きは天下一品だよ」とぼそぼそと言った。
八木と彼女は静かに飲んだり食べたりしていたが、時間が7時になったとき、女将に車を呼んでもらい、ふたりはタクシーに乗って帰って行った。
「彼女は隣町にあるスナックの人よ」と、女将が明智たちに淋しそうに言った。
「同伴出勤か。八木さんもやるね」と新川は感心したように言った。
八木は、鹿児島出身、足場職人の頭でこの道35年のベテランであるが、いまだ独り身である。
外の雨は激しさが増していた。
第三章 スナック
明智は、今日は一人で店に入った。
今日の女将は割烹着の下には、竜田川の和服を着ていた。頭もいつものように茶色に染められ、きれいにセットされていた。
いつものように、「お仕事、お疲れ様でした」と言い、「今日はおひとりですか」とおしぼりを置き、
「今日はひとりです」
「何になさいますか」
「生下さい」
カウンターには立花、八木、横井が席を取っていた。
皆が、座った明智に挨拶をした。
明智も、ビールの杯を上げてこたえた。
横井の話し声が聞こえてきた。
横井は、大工職人で女将の大ファンである。明智は(毎日この店に女将の顔を見に来るのだろうか、また女将と話をしに来るのだろうか)とふと考えた。
横井は、「俺はあと2年で定年だよ」と急にさびしそうな声で女将に言った。
この店の常連はほとんどが五十歳前後で、独身者であり、今日の客、八木、立花そして、明智も独身だ。また、皆、女将の大ファンなのである。
いつもの雑談をしていたら、横井はいつもの時間になると勘定を払って帰って行った。
「ねえ、明智さん、歌うたいに連れてって」と女将はビールを飲み干し、ふたりに話しかけてきた。
明智は、「いいですよ。立花さん、八木さんもいかがですか」と言ったら、
八木は、行くと答えたが立花は今日はやめると言った。
明智たちは、行く店は女将にまかした。
女将は、すぐハイヤーを呼んだ。
10分もしないうち、女将は、スナック「順」に二人を案内した。
明智たちは、一度も来たことがない店であった。
客は、ひと組。会社関係の数人のグループが二次会であろうか、歌を独占していた。
明智たちは、カウンターに座って、皆ウイスキーの水割りを頼んだ。
女将が明智と八木に
「今歌っているのは、県議ですよ」と言った。
八木は、「確か、今たばこを吸っている人は、立花さんが居た会社の人ですが、もう一人は知りませんね」と。
なかなか、歌の番が回ってこないので、明智たちは、店にタクシーを呼んでもらった。
そして、来るのを待っていると、彼らは、県議を見送りに店を出て行き、しばらくして、席に戻ってきた。
何かふたりは、こそこそ話をしていた。
どうも、明智たちは、(談合の話しかと)思った。
店のママは、女将に何か耳打ちをしたが、ふたりには聞こえなかった。
扉が開き、タクシーの運転手が呼んだので帰ることにした。
この町に夏が来た。
明智は、久しぶりに新川と店に入った。
今日も横井はいつもの席に座り、たばこを吸いながらテレビを見ていた。
奥のほうには、久しぶりに立花がやはり一人で、ビールを飲んでいた。
その間に明智たちは座って間もなく、「お仕事お疲れさまでした」と言いながら、女将はおしぼりを持ってきていった。
「生でいいですか」
二人はええと答えた。新川は、煙草に火をつけ、メニューを見て適当につまみを注文した。
二人は、会社の話をし始めた。新川は、明智より2年前に、部長職としてこの地に来たのだが、前の職場とは環境そして文化が異なるため人間関係にかなり苦労したようだ。
明智は、新川とは本社で一緒の部署にいたのでよく彼のことは知っていた。
二人の会社の話が一段落した時には、もう横井はテレビの前にはいなかった。
明智は、女将に焼酎を注文した。
「はい」と返事をして、立花と話をしていた女将がこちらにやってきた。
女将は焼酎を作って、明智と新川に持ってきた。
「私もおさけいただこうかな」と言い、生ビールを樽からグラスに入れて飲み始めた。
女将の機嫌が良い時の飲みっぷりだ。
もう時間も9時を超えていた。
女将もよい気持ちになってきたらしく、急に自分の昔話をし始めた。そして、写真を引出しから、事務服を着ている自分の写真を皆の前に置いた。ミニスカートをはいた昔の女将はスタイルもよかった。
明智は、「本当にきれいでしたね」と本心から女将に行った。
女将がビールを飲んで、話し始めた。
「まだ、20歳の時、旅行に友人と北海道に行ったとき、前の夫と知り合ったの。彼は、帝都大学を優秀な成績で卒業して、霞が関のある省庁に入省した1年目の年だったのです。
彼が、私を一目ぼれして、帰ってきてから、長距離恋愛を数年続けて結婚したの。
東京での生活は初めてで、官舎に住んだのですが、なかなか友達ができませんでした。
そうこうしているうちに、女の子が生まれた。
彼は、毎日残業とかで帰りはほとんど午前様でした。
ある日、彼の上着をクリーニングに出そうとポケットを手探りしていたら、メモ紙に電話番号と住所が書かれたものが出てきました。
あまり気にはなりませんでしたが、それを一様写し取っておきました。
そして、何日か経ったある日の夜、家に女の人から電話があったのです。
彼は電話口に出たのですが、驚いたようで小さな声で、またこちらから電話をかけなおすというようなことを言っていました。
私は、これは普通のことではないと思い、翌日写し取っておいた住所に行ってみましたら、マンションで女性の名前の表札がかかっていたんです。
そして夜、彼が帰って来た時にそれを聞いてみたら、彼は、私に別れてくれと言ったのです。
いろいろ事情を彼は言いましたが、もうすでに彼の心は彼女に心は移ってしまっているようでした。
そのうちに、彼は毎日家に帰ってこなくなり、とうとう離婚することになったのです。
そして、この地に戻ってきて、子供を育てました。もう二度と男はいやです。
つまらない話をしてごめんなさい。」と。
立花、明智そして新川はずうっと黙って聞いていた。
「そういえば、先日スナックに行ったら、立花さんのいた会社の人が県議の人と飲んでいましたよ」と女将が明智にも了解を得るような目つきをして話した。
「もう一人は、ほかの会社の営業マンのようでしたよ、談合に何か関係しているのでしょうか」と明智が答えた。
立花は、「そこにいたのは、岩内興産の青山課長で私のかっての上司、そしてもう一人はおそらく、四菱物産の剣山課長代理、県議は中倉代議士だろう。」と一気に話した。
「今度、倉石に聞いてみよう」
新川は立花に「あまり派手に動いては危ないかもしれません。気を付けてください」
と言った。
数日後、明智は、久しぶりに6時頃、店を訪れた。
女将がいった。
「明智さん、お久しぶりですね。お仕事忙しかったのですか」
間をおいて「今日は、何にしますか」といつものようにおしぼりを明智の前に置いた。
「いつもの生下さい」
「つまみは、枝豆と野菜いためで」
明智は園城寺に気づいていった。
「園城寺さん、こんばんは。お久しぶりです」
店には久しぶりの園城寺は、設計事務所の社長だ。
「明智さん、女将そう言えば、このお店の馴染みの倉石さんが、行くえ不明になったような噂を聞いたのですが、何かご存知ですか」と園城寺が言った。
テレビを見ていた横井も驚いたようで、こちらを振り向いた。
女将はえっといって、来ていないと答えた。。
「そう言えば、最近倉石さんはお見えになっていません。そんな噂が出ているのですか。
行くえ不明なんて」と女将は言った。
明智は、「まさか、談合の件にかかわっているのではないでしょうか。もしそうだったら、大変なことになりますよ」とビールを飲み干して、言った。
*
「そうだ。私の友達が探偵事務所をやっているの、ちょっと調べてもらおうかしら。
どう思います皆さんは」と女将。
「それはよい考えだ、この店の仲間がいなくなったんだから、何とか早く探し出さないと」と園城寺。
明智が、「明日、倉石さんの会社に仕事の打ち合わせに行くので、ちょっと調べてみます。
明日の晩、その結果を報告します」と言った。
もう九時を回ったので、皆帰って行った。
そして、翌日の夜、明智は、7時ころ店に入った。
いつものように「いらっしゃいませ」、
明智が座ると「お仕事お疲れ様でした。何にしますか」と女将は言った。
客は、もう横井だけでなく、新川、八木、園城寺、立花そして見慣れない女性が一人いた。
彼女は、ボイッシュな髪形で、目がぱっちりして鼻は高からず低からず口は小さめな端正な顔つきで、茶色系のブレザーに紺のズボンを着ていた。
女将は「明智さん紹介します。この間お話をしたお友達の探偵事務所を開いている立花真理さんです。今回の件については、あらまし話はしときました」と言った。
「見附探偵事務所をやっています立花真理です。よろしくお願いします」
「明智です。こちらこそよろしくお願いします」
「明智さん、今日はどうでした」と女将は尋ねた。
「はい、今日話を聞いたところ、岩内興産はこの町に建設予定のゴミ焼却場建設をめぐって、売り込みを発注元の県に売り込みをかけているようです。その主担当が倉石さんとのことでした。また、この建設には、反対派と賛成派がいまだ対峙しているようです。
いろいろなところで利権がからみどろどろした事が起こっているようですが、詳しいことは分かりませんでした。と明智は一気にしゃべり、やっと口にジョッキを運んだ。
しばらくしてから、真理は「ここにいる皆さん、協力していろいろ調べてみませんか。
危ないようなことは、私のほうでやります。いかがでしょうか」
そして、真理は皆にいろいろ役割をお願いしてまずはお開きになった。
第四章 報告
一か月過ぎたある日。
「本日貸し切りです、申し訳ありません」と書かれた紙が貼られているいつもの店の戸をあけ、明智と新川が入って行った。
いつもと変わらず、「いらっしゃい、お仕事お疲れ様でした。今日は何にします?」と女将が言いながら、おしぼりを持ってきた。
今日の女将は、ピンク系下地に白い蝶が舞っているような和服に割烹着を着ていた。
もうカウンターには、いつもの馴染みと真理が座っており、こちらを向いて、挨拶をした。
明智も新川も、来たジョッキを揚げて、挨拶をした。
しばらく、皆酒を飲んだり、つまみを食べたりして少し落ち着いたところで、真理が言った。
「皆さん、お疲れ様でした。今日は、皆さんの今までの調査結果をお聞きしたいと思いますので、よろしくお願いします。
申し訳ありませんが、事実だけで、推測はあまり入れないようにお願いします。
では、来たばかりで申し訳ありませんが、明智さん、お願いします。
「はい、数回、剣山氏たちが行くスナック順に行きました。カラオケは二人で100曲以上は歌ったと思います。と明智は言って、一息ついたところ、皆は、笑い転げていた。
「冗談はともかく、いやこれは本当のことですが。やはり、四菱物産が建設計画での機器関係の入札は、取り仕切っているようです。今まで入札した会社は、立花さんが勤めていたそして、倉石さんが勤めている岩内興産、中谷商事、有限会社檜山、市口株式会社、四菱物産の五社が常連でした。
毎月一回、勉強会と称して、営業担当者が集まっているようです。その場所は分かりませんでした。と明智は言い続けた。
真理が「御苦労さまでした。よくそこまで調べましたね。出費もだいぶ嵩んだでしょう!」と言ったとき、
「明智さん、今日は飲み放題にしますよ。好きな麦の焼酎お湯割りで作りますので、たくさん飲んでください」と女将は笑いながら、ボトルを開けていた。
新川が「どうも、各社の担当者は、談合は必要悪だと常に言っているらしいので、困ったものです。もう一つ悪いことに、あっちの人間が絡んでいるようなんです。
もしかしたら・・・・」
「新川さん、ばかなこと言わないでください。縁起でもない」と女将はまじめな顔をしていった。女将が笑顔を消すのは珍しいことであった。
皆が急に静かになったころ合いを見計らって、園城寺が
「では次に、私が調べたことを話します」と話し始めた。
「私は、友人のやっている商社の営業の社員に成りすますことができました。そこで、次の入札に参加しようと考えています。明後日が説明会ですので、行ってきます。参加の会社が一同に集まるので、今後いろいろ役に立つと思います」
「園城寺さんご苦労様でした。後ほど、今後の作戦について打ち合わせをしたいので、連絡しますのでよろしくお願いします」と真理は言った。
引き続き、八木が言った。
「私は、いろいろ県に行って聞いてきました。
今回のごみ焼却場建設に関わる機器の入札は五件に分けて行われているようです。
園城寺さんが参加するのが五回目、最終回です。入札は一ヵ月後の十月十五日締め切りになります。どうも、今までの四回の入札では、予算が業者にばれているようで、4回すべてが予算の九十六パーセントで落札されていました」
「八木さん、ご苦労様でした」と真理は言った。
横井が話し始めた。
「建設賛成派と反対派の人たちからいろいろ話を聞いてきました。賛成派は、やはりこの県内の土建業者が主に、賛成派の町議、市議そして県議と一緒になって県民に働きかけていました。特に、まとめ役は、県の大手である清成建設です。この建設計画と関係しているのが、おそらく2ヵ月後に行われるだろうと見られている衆議院議員選挙です。この地域から民自党公認の立候補者がごたごたしていまだ決まっていないようだが、中倉県議たちは官僚出身のなんていう人か忘れたが、推しているようです」
「横井さん、ありがとうございました。ご苦労様でした」と真理は言った。
そして、「皆さん、だいたいこのごみ焼却場建設の入札に絡む構造が分かってきました。機器については機械販売商社、土建工事については建設業者そして行政および政治家等の民官政の談合の可能性があります。また、あの人たちも絡んでいるかもしれませんので、これからは危険ですので、私たちに任せてください。また、この件については、誰にも話さないようにしてください。皆さんの身の危険にかかわることになるかもしれません。くれぐれも、お願いします」と付け加えた。
「さあ、皆さん、今日は飲み放題ですよ、明日は日曜日ですし、ゆっくりたくさん飲んでください」と女将は言った。
皆は緊張から解き放たれて、酒を一気に飲み始めた。一方、真理は、皆に気づかれずにトイレに入って、会社に電話して指示をいろいろ出した。
そして、席に戻り、女将からビールのお酌を受け、一気に飲み干した。
「真理さん、いろいろありがとう。倉石さんは元気にしているかしら?」
と女将は、真理に聞いた。
「まだ、それが、倉石さんのことははっきり分からないんです。これからいろいろ調べてみるから。心配しないで」と真理。
男たちは、したたか飲んでいたが、十二時になると、三々五々帰っていったが、立花だけは酔いつぶれて寝込んでしまった。
女将が「立花さん、大丈夫?」と声をかけると、
「ママ、好きだよ、本当に好きなんだから」と寝言のように立花が言った。
「はい、はい分かりました、立花さん。今タクシー呼びますから待っててくださいね」
10分ほどたって、タクシーが来た。
立花を乗せて、女将はなじみのタクシーの運転手に五千円を渡して、「運転手さん、よろしくお願いします」と言った。
「はい、分かりました」
扉が閉まり、車は走り出した。
もう一時を過ぎていた。今までの喧騒さがうそのように、急に美佐はせつなくなってきた。
十日後の朝、明智は朝刊を読んで驚いた。一面トップの見出しに〔四菱物産、岩内興産に談合で家宅捜査〕と大きく書かれていた。詳細に読むと、談合仲間の会社が通報したらしい。
(園城寺が友人の会社がやったのか)と明智は思った。また、談合には、地方代議士および国会議員も関与の疑いがあることをほのめかしていた。
一方、真理は地検にいろいろ情報を書類で送っていた。
地検も当初は疑っていたが、談合仲間のリーク内容と内容が一致していたので、捜査の参考にしていた。
その後、店には、いつものなじみのお客が何人かは来て飲んでいたが、一切談合関係の話は真理との約束で一切しなかった。
一ヵ月後、関係ある町議、市議そして、県議また、町役場にも地検の立ち入りがあった。
その後、日がたつにつれて、談合事件はだんだん明らかになり、関係者も逮捕されつつあった。
女将は朝、郵便受けに入っていた折込チラシを見たとき、驚いた。それには、今度の衆議院議員選挙の立候補者が紹介されていたが、その中に別れた夫の石立二郎が民自党から出馬していた。(このことは、みなに内緒にしておこう)と決めた。
翌日の夜、店には園城寺、横井、立花、新川そして、明智が飲んでいた。
園城寺は、明智たちに、「今度の選挙で立候補している石立さん。談合で家宅捜査のあった会社が後援会に入っていたようですね。また、逮捕された中倉県議も石立さんを一生懸命応援していたらしいです。民自党も立候補者の身体検査はしているのでしょうかね」と言った。
新川は「関係あると、私は思いますが、女将はどう思いますか?」と尋ねた。
「私には、政治のことは良く分かりません」と女将は言った。
「この町は一体どうなるのかな」と横井がぽつりと言った。
なぜかそれから話はいつもと違い盛り上がらず、9時前にはみな帰った。
十一月二十日に選挙は行われた。当日開票の結果、惜しくも千票差で石立二郎は落選した。
数日後、店に、久しぶりに明智と新川が入った。
「いらっしゃいませ。お仕事ご苦労様でした。明智さん、新川さん、何にしますか」と
おしぼりを置きながら、言った。
横井がつけたテレビのニュースで、石立二郎が選挙違反の疑いで逮捕されたことが報じられていた。
女将、明智、新川も、びっくりしてテレビを見た。
「これで、ごみ焼却場建設の談合事件のすべてが解明されるのでしょうか」と明智は、独り言を言った。
それから数日後、店には、いつものメンバーがカウンターで飲んでいた。久しぶりに、立花も真理もいた。
園城寺が、「そういえば、倉石さんは、どうしてるのでしょうか。まだ、帰ってきてないのかな」と。
「まだ、どこにいるか、警察でも分からないみたいですよ」と真理。
明智が、「あっちのほうに何かされているのかなあ」と。
「もうやめてくださいな」と女将が言った時。
見慣れない男二人が、入ってきて、背のちょっと低い年の頃なら、50歳くらいの男が
立花に向かって「立花さんですね」と聞いた。
「はい、立花ですが・・」
男たちは、警察手帳を立花に見せた。
「ちょっと、署まで来ていただけませんか」
立花は急に体が震えだし、やっとのことで「はい」と言った。
皆、驚いた。
女将が、男たちに向って、「立花さんが、何をしたの?」とやっとの思いで言った。
男たちは、それを無視して、立花を両方から挟んで車に乗せ、行ってしまった。
「もしかしたら、倉石さんの失踪と何か関係があるのかしら。でも、立花さん以上に震えていたけど、大丈夫かしら」と真理が言った。
湿っぽい雰囲気になり、それからしばらくして、三々五々と帰って行った。
まだ、八時を過ぎたばかりであった。
女将一人になってしまった。急に立花のことが心配になってきた。
(なんで連れて行かれたのだろうか。何で文句を警察に言えなかったのだろうか)
涙が出そうになった。
客もきそうもないので、早く店を閉めようかと思って、入口に行ったところ急に扉が開いて、明智が入ってきた。
「ママ、大丈夫? 立花さんきっと何でもないよ」と明智が言った時、横井が入ってきた。
「ママが心配で、見にきたよ」と。
美佐は、嬉しかった。
「みんなで飲みなおそう!」と美佐は言った。
翌日の朝、明智は朝刊を読んで驚いた。
倉石殺害の容疑者として、立花が逮捕されたことが一面に載った。
詳細は、立花が倉石に談合をやめるように説得していたときに、なかなか倉石が納得しなかったので、ついカッとして立花が手を出したところ、倉石が倒れて、頭を打って死んだ。
そして、立花は死んだ倉石を山に埋めたことを自白したと書かれていた。
その夜、明智と新川はいつものように、店に行ったが、入口に[お客様へ、いつもごひいきいただくありがとうございます。誠に申し訳ありませんが、当分の間、休ませていただきます]と書かれた紙が、貼られていた。
明智は、新川に「女将は立花さんが好きだったんだな」と言った。
それから一カ月後、明智は久しぶりに店に行ったところ、笑い声が外に漏れていた。
明智は、「こんばんは」と言って店に入って行った。
(完)