Mikioriginal

退屈に殺られるよりは 興奮に殺られたいんだ

ラジバンダリー

2009年01月01日 22時03分36秒 | Weblog
「もう、疲れた」



とだけ彼は言った。
左手には煙草が一本。数分前に来たばかりの酒も、既に飲み干してしまっている。

「飲み過ぎなんじゃあないか?それじゃあ疲れを増やすだけだろう」


「いや、いいんだ」

彼はけだるそうに顔を上げて答えた。


「最近はいくら寝ても何を食べても疲れなんか取れやしない。それに…」


「どうしたんだ?」

「最近仲の良い友人が亡くなってね、心のバランスと言うのかな、何かが崩れてしまっているんだ」

「そうなのか…」


店の中では何やら明るい音楽が支配している。
我々の会話にはそぐわない音楽だが、致し方ないであろう。

「そうだったのか…事故にでもあったのか?」


私が訪ねると、彼は左手の煙草を灰皿に擦り付けてから答えた。


「いや、自殺したのさ」




場は沈黙した。





「自殺…それはヘヴィだな」


別にふざけて答えた訳ではない。
はっきりいって、いきなりその様な話になると、なんと言っていいかが分からない。
思わず心の声が出てきてしまったのだ。



「本当に仲の良い友人だった…数年前から精神的に参っていたらしいんだが、
カウンセラーが家を訪ねた頃には、もう事切れていたそうなんだよ」



「…そうか」



私には何も言えなかった。
この時に何と答えたらいいのか?誰かに聞いてみたいくらいであった。



「月並みな表現だが、心にぽっかりと穴が空いたみたいだよ。それにね…」



彼は新しい煙草に火をつけながら言葉を続けた。



「私には恋人がいるんだが、どうやら彼女はこの辛さを分かってくれないようで…」



「話をしたわけだな?」



「そうだ、彼女は私を支えてくれようとしているんだが…
どうにも、無神経な事を言ってくるんだ。理解できなくなってきてね…」



「うん…」



彼女が何を言ったかは分からない。
だが、彼の求めているようなことを彼女は言ってくれないのであろう。

もちろん、彼女にも苦悶があるのだろうが。



「最近は、もうめっきり『死にたい』と私も思うようになってね。」



「それは落ち着いた方がいい。友人も死を喜びはしないよ」


「どうなんだろうなあ…でもね、空虚感を持ったまま生き続けるのも悲しいものさ。」



そう語ると同時に、彼の煙草から光が失われた。



「いかんな、今日は少し酔いすぎたかも知れない。
暗い話をして悪かったな。」



「いや、何も気にするなよ。話したいことは出来るだけ口に出した方が楽さ」



「…ありがとう。私はもう出るが、君はまだ飲むのかい?」


「そうだな、もう少しぼんやりとしていくことにするよ。」


「そうか、ではまた機会があったら会おう。
今夜はありがとう」



そう言って彼は去っていった。
カウンターの上には煙を吐き出さなくなった灰皿と、空き箱が残された。
もう彼には煙草が残っていなかったのだろう。









あの夜から二年ほど経ったが、二度と彼にお目にかかる事はなかった。



あの煙草が最期の一本だったのだろうか。
コメント
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