「もう、疲れた」
とだけ彼は言った。
左手には煙草が一本。数分前に来たばかりの酒も、既に飲み干してしまっている。
「飲み過ぎなんじゃあないか?それじゃあ疲れを増やすだけだろう」
「いや、いいんだ」
彼はけだるそうに顔を上げて答えた。
「最近はいくら寝ても何を食べても疲れなんか取れやしない。それに…」
「どうしたんだ?」
「最近仲の良い友人が亡くなってね、心のバランスと言うのかな、何かが崩れてしまっているんだ」
「そうなのか…」
店の中では何やら明るい音楽が支配している。
我々の会話にはそぐわない音楽だが、致し方ないであろう。
「そうだったのか…事故にでもあったのか?」
私が訪ねると、彼は左手の煙草を灰皿に擦り付けてから答えた。
「いや、自殺したのさ」
場は沈黙した。
「自殺…それはヘヴィだな」
別にふざけて答えた訳ではない。
はっきりいって、いきなりその様な話になると、なんと言っていいかが分からない。
思わず心の声が出てきてしまったのだ。
「本当に仲の良い友人だった…数年前から精神的に参っていたらしいんだが、
カウンセラーが家を訪ねた頃には、もう事切れていたそうなんだよ」
「…そうか」
私には何も言えなかった。
この時に何と答えたらいいのか?誰かに聞いてみたいくらいであった。
「月並みな表現だが、心にぽっかりと穴が空いたみたいだよ。それにね…」
彼は新しい煙草に火をつけながら言葉を続けた。
「私には恋人がいるんだが、どうやら彼女はこの辛さを分かってくれないようで…」
「話をしたわけだな?」
「そうだ、彼女は私を支えてくれようとしているんだが…
どうにも、無神経な事を言ってくるんだ。理解できなくなってきてね…」
「うん…」
彼女が何を言ったかは分からない。
だが、彼の求めているようなことを彼女は言ってくれないのであろう。
もちろん、彼女にも苦悶があるのだろうが。
「最近は、もうめっきり『死にたい』と私も思うようになってね。」
「それは落ち着いた方がいい。友人も死を喜びはしないよ」
「どうなんだろうなあ…でもね、空虚感を持ったまま生き続けるのも悲しいものさ。」
そう語ると同時に、彼の煙草から光が失われた。
「いかんな、今日は少し酔いすぎたかも知れない。
暗い話をして悪かったな。」
「いや、何も気にするなよ。話したいことは出来るだけ口に出した方が楽さ」
「…ありがとう。私はもう出るが、君はまだ飲むのかい?」
「そうだな、もう少しぼんやりとしていくことにするよ。」
「そうか、ではまた機会があったら会おう。
今夜はありがとう」
そう言って彼は去っていった。
カウンターの上には煙を吐き出さなくなった灰皿と、空き箱が残された。
もう彼には煙草が残っていなかったのだろう。
あの夜から二年ほど経ったが、二度と彼にお目にかかる事はなかった。
あの煙草が最期の一本だったのだろうか。
とだけ彼は言った。
左手には煙草が一本。数分前に来たばかりの酒も、既に飲み干してしまっている。
「飲み過ぎなんじゃあないか?それじゃあ疲れを増やすだけだろう」
「いや、いいんだ」
彼はけだるそうに顔を上げて答えた。
「最近はいくら寝ても何を食べても疲れなんか取れやしない。それに…」
「どうしたんだ?」
「最近仲の良い友人が亡くなってね、心のバランスと言うのかな、何かが崩れてしまっているんだ」
「そうなのか…」
店の中では何やら明るい音楽が支配している。
我々の会話にはそぐわない音楽だが、致し方ないであろう。
「そうだったのか…事故にでもあったのか?」
私が訪ねると、彼は左手の煙草を灰皿に擦り付けてから答えた。
「いや、自殺したのさ」
場は沈黙した。
「自殺…それはヘヴィだな」
別にふざけて答えた訳ではない。
はっきりいって、いきなりその様な話になると、なんと言っていいかが分からない。
思わず心の声が出てきてしまったのだ。
「本当に仲の良い友人だった…数年前から精神的に参っていたらしいんだが、
カウンセラーが家を訪ねた頃には、もう事切れていたそうなんだよ」
「…そうか」
私には何も言えなかった。
この時に何と答えたらいいのか?誰かに聞いてみたいくらいであった。
「月並みな表現だが、心にぽっかりと穴が空いたみたいだよ。それにね…」
彼は新しい煙草に火をつけながら言葉を続けた。
「私には恋人がいるんだが、どうやら彼女はこの辛さを分かってくれないようで…」
「話をしたわけだな?」
「そうだ、彼女は私を支えてくれようとしているんだが…
どうにも、無神経な事を言ってくるんだ。理解できなくなってきてね…」
「うん…」
彼女が何を言ったかは分からない。
だが、彼の求めているようなことを彼女は言ってくれないのであろう。
もちろん、彼女にも苦悶があるのだろうが。
「最近は、もうめっきり『死にたい』と私も思うようになってね。」
「それは落ち着いた方がいい。友人も死を喜びはしないよ」
「どうなんだろうなあ…でもね、空虚感を持ったまま生き続けるのも悲しいものさ。」
そう語ると同時に、彼の煙草から光が失われた。
「いかんな、今日は少し酔いすぎたかも知れない。
暗い話をして悪かったな。」
「いや、何も気にするなよ。話したいことは出来るだけ口に出した方が楽さ」
「…ありがとう。私はもう出るが、君はまだ飲むのかい?」
「そうだな、もう少しぼんやりとしていくことにするよ。」
「そうか、ではまた機会があったら会おう。
今夜はありがとう」
そう言って彼は去っていった。
カウンターの上には煙を吐き出さなくなった灰皿と、空き箱が残された。
もう彼には煙草が残っていなかったのだろう。
あの夜から二年ほど経ったが、二度と彼にお目にかかる事はなかった。
あの煙草が最期の一本だったのだろうか。