母親はそれ以降も生き続け九十九まで家で暮らした。その体験から医療を見ている。
初めは病院にお任せだった。だが余りにもトラブルが多いので透析の研修を受け家
内の透析の機械の運転を任されてきた。透析初期は治療中に亡くなる方が多かった。
一日置きの七時間の透析に付き添った。また母親は八十の辺りからボケがひどくな
った。転んで入院したこともあった。医者は寝たっきりになると断言した。でも無
理やり退院させ家で歩行訓練して亡くなるまで一人で伝い歩きをした。そんな体験
から自分のガン、心不全も入院を辞退した。医師には七十過ぎて外科手術はしない。
外科手術、抗がん剤は飲まないと何度も話した。命の危険があると告げられても意
思を通した。小腸の破裂については麻酔を打たれて済んだ。肺腺癌は陽子線で完治
した。左胸の肺がんは治療しないと告げた。今心臓の僧帽弁の破損も治療は不可と
告げられた。繰り返し医師には七十過ぎての弁の交換手術はしない。医学知識につ
いては敵わない。聴くのみ。良くしたいと高望みしない。がんは人類が選んだ進化
の結果。トカゲと違って切れた尻尾は生えてこない。がんもコロナも人が自ら選ん
だ道。その時瞬間迄は元気で過ごしたい。 寝起きの血圧120-75
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