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仏教思想概要10:《親鸞》(第6回・最終回)

2024-05-04 09:04:20 | 10仏教思想10

(神代植物公園にて・関山     4月19日撮影)

 

 前回は、「第3章 親鸞の信仰・思想」「1.煩悩具足の凡夫」「2.信心ということ」をみてみました。
 本日は、「3.「義なきを義とす」」「4.まとめ(個人のの感想)」を取り上げます。

 

3.「義なきを義とす」

3.1. 「義なきを義とす」の意義

3.1.1. 親鸞思想の鍵
 晩年の親鸞が好んで用いた句の一つに「義なきを義とす」もしくは「無義をもって義とす」という句があります。この句には親鸞の思想の秘密を解く鍵がひめられていると思われます。この句の用例は書簡の中、『和讃』、さらに『歎異抄』にもみられます。
(『歎異抄』、『正像末和讃』の事例 表21)

 この「義なきを義とす」の句は親鸞の書簡六通にも見ることができます。(事例略)

3.1.2. 「義なきを義とす」の意味するもの
 「義なきを義とす」(「無義をもって義とす」)の句には、主に二つのことが繰り返し語られていることが知れます。
 第一は、この句が誰によって語られたかということです。
 それは「大師聖人のおほせに候き」などと数次にわたり語られていることであり、ここで「大師聖人」としたのは、親鸞自身の恣意によるものでなく、法然聖人よるものであることを強調するためのものと思われます。
 なお、法然がこの句を語ったという裏付けは知恩院に蔵する『阿彌陀経』の奥書(下表22)にのみしるされていることが知られます。

 第二に、この句の意味するところが語られています。
 この句の意味するところは、『「行者のはからひ」もしくは「凡夫のはからひ」は、ここではありえない。なんとなれば、この本願念仏のおしえは「仏と仏の御はからひ」によってなり「如来の御ちかひ」を体とするものであって、その「仏智の不思議をはからふべきひとは候はず」である。』としています。つまり、それが「義なきを義とす」ということであるというわけです。
 本願念仏のおしえの受領のし方は、すべて自力のはからいを捨てて、他力にまかせまいらせる。それが「義なきを義とす」ということだとしているのです。

 

3.2.二つの世界

3.2.1. 二つの義と二つの世界
 親鸞の考える「義」には二つあると考えられます。
 一つは、人間の考える道理。人間の考える道理では、仏智・誓願・念仏は考ええないことです。
 もう一つは、仏と仏のあいだではあきらかにわかっている道理。凡夫としての人間にはそれは商量することもできない、説示することもできない、また思義することもできないだけのものです。

 二つの義が存在するということは、二つの世界が存在するということになります。
 一つは、凡夫としてのわれわれ人間が住む世界、この現実世界であり、他の一つは、彌陀の誓願によってなれる名号不思議の世界です。
 親鸞の思想と信仰のいとなみは、この二つの世界をめぐっていとなまれたものであることは疑いの余地もないことです。
(『教行信証』「信証念仏偈」の例にみる二つの世界 表23)


 ここで、前半三行は、現実地上の世界、後半二行は、彌陀の世界を表しています。

3.2.2.親鸞の二つの海
 親鸞はその著作のなかでしばしば「海」という比喩的表現をこころみており、その海には明らかに対照的な二つの海が存在するのです。
 一つは、「生死(しょうじ)の苦海」です。ここには「煩悩の濁水」がみちているとも語られる。それは現実の人間世界のことなのです。
 いま一つは、「彌陀の願海」、あるいは「弘誓(ぐぜい)の智海」とよばれる海です。そこにみつるのは、「名号不思議の海水」であって、「功徳の大宝海」をなすとも説かれています。

3.2.3.三帖和讃にみる二つの世界
 親鸞が晩年制作に没頭した「三帖和讃」にも二つの世界があったと思われます。
 『浄土和讃』『浄土高僧和讃』は、七十六歳正月頃の成立で、ここには阿彌陀仏の誓願による名号不思議の世界が描かれています。
 一方、『正像末和讃』はその十年後の八十六歳九月に成立したもので、善鸞事件の介在したそのいたましい現実世界の体験に彩られ、そこには「生死の苦海」のありようと、その中に沈淪(ちんりん)するわが身のうえにそそぐ悲嘆のなみだが描き出されています。

3.3.現代に生きる親鸞
 親鸞のこの現実の地上における生はけっして絢爛たるものではありませんでした。むしろ絶望と挫折と埋没をもって特徴づけられ、在世における影響力もわずかに東国辺陬(へんすう、かたいなかの意)の念仏者に限られたものでした。
 しかし、彼のまいた種はやがて年を経て芽を出して花を咲かせ、実を結んで今日に及んでいます。
 それでは彼のまいた種とは何であったのか?
 それは「ただ信心を要とすとしるべし」といえるでしょうか。ここで「信心」とは、古いことばで「己証(こしょう)」、つまり自己の身証、わが身にうちあてての領解のことです。つまり、体験的な把握ということであるのです。
 親鸞が、その絶望と挫折と埋没のなかにありながら、なおよくぴたりと彌陀の本願のかなたに一向(ひとむき)となり、それによって絶望のかなたにうたいあげた生涯。それが信心における範例であり、またそれが親鸞の思想にほかならないのです。

 

4.まとめ(個人の感想)
 親鸞は「信楽(しんぎょう)」ということを言っています。信ずることそれが一番大事だといっているのです。
 浄土教の主要経典の「阿彌陀三部経」のうち、親鸞は自身の思想形成において唯一『大無量寿経』をとりあげています。『大無量寿経』は、阿彌陀浄土の世界を教える『阿彌陀経』、阿彌陀浄土への行き方を教える『観無量寿経』に対して、阿彌陀仏の本願というものを教えています。
 その内容は、阿彌陀如来がまだ法蔵菩薩という修行時代に、師の世自在王仏(せじざいおうぶつ)より仏国土の優れた点を聞き、そこから48を選び取った「四十八願」を教えています。
 この四十八願のうち親鸞は特に第十八願(「たとひわれ仏をえたらんに、十方の衆生、心をいたし信楽してわがくにゝむまれんとおもうて、乃至(ないし)十念せん。もしむまれずば、正覚(しょうがく)をとらじ」)を彼の思想の基本におきます。
 つまり阿彌陀様は菩薩の修行時代に、すべての衆生が私を信じて、極楽浄土に行けないのなら、さとりの世界には行きませんと願って、いま如来になっているのだから、この本願は成就しているのだ。みんなこれを信じなさい、そうすれば、みんな極楽浄土へ行けますよ、というわけです。

 まさに、「内省の人親鸞は、阿弥陀の本願に自らの救いを見つけ、歓喜したのです。」

 親鸞は言います。自力の人は自分を頼るから「信楽」できない。他力の人はもっぱら、阿彌陀の本願を頼るから極楽浄土へ行ける。まさに「悪人正機」というわけです。
 流罪・肉食妻帯・善鸞事件(実の息子の裏切り)など苦難の中で、阿彌陀の本願を知った親鸞は歓喜し、これぞ「真宗」師法然にどこまでもついて行くと。思想家というより実践の人、非僧非俗、愚禿親鸞、人間親鸞であったわけですが、どうやらその思想は師法然とは違っていたようです。

 

 以上、「仏教思想概要10:《親鸞》」の終了です。如何でしたでしょうか。

 次回からは、「仏教思想概要11:《道元》」です。しばらくお待ちください。

 

 

 

 

 

 

 



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