続・タグさんの風雪

あっこんなところに・・
という感じであちこちに生存の痕跡を残そうという儚い試みです。

2010-02-28 03:22:15 | 日記

激しい春の雨だ。



建付けがよくないから外の音がよく聞こえる。



風に乗って鳥の鳴き声や木立のそよぎが耳に入ってくるのなら申し分ないのだが、猫の求愛やら生活騒音ばかりでは気が滅入って来る。



昨夜から断続的に降っている。



阪神競馬場は水捌けが良いからこれ位の雨ではただの重馬場だろう。



昔日、中山競馬場で超不良馬場のレースを観戦したことがある。



今のような春先の大雨であった。



ダートは水を張った田んぼのようになっていて、砂など全く見えないというもの凄い馬場であった。



跳ね上がる水しぶきで馬も見えず、騎手も頭から泥を被った悲惨な様になっていた。



こんなでよく開催するなと思っていたら途中から中止になった。



芝が浮き始めたということだった。



当時はそういうことがよくあったように思う。



設備やら技術やらがまだ未熟であったのだろう。



一方競馬ファンの方は、整然と恙無くことが運ぶより、様々な悪条件の重なるレースの方が面白いもので、大雪の日の開催など、今日は荒れるぞとかいつになくはしゃいだりするものだ。



ところがこんな日は得手して堅いレースが続いたりするもので、期待外れに終わることが多いのも面白い。








2010-02-26 02:53:47 | 日記

また髭が生えてきた。



引越し先を探すのに備えて全部剃り落としてはみたのだが、鏡を見てもまるで他人の顔を見ているようで、心落ち着かなかった。



不動産屋やら家主やらに、いらぬ?警戒心を抱かせぬよう配慮したつもりであったが、これは杞憂であった。



いまは信用情報照会のデータの方がものを云うらしい。ほとんどの物件で見事に断られてしまった。



収入も仕事もなしでは貸す方が二の足を踏むのも当たり前だろう。



仕方が無いので自分で源泉徴収票なるものを作って、何とか契約に漕ぎ着けたのだが、おかげで随分と心細い門出になってしまった。



大阪市には20人に1人の割合で生活保護手当の受給者がいるらしいが、多分そういう方々の方が私よりは信用を得られるのであろう。



自尊心という融けかかった氷のようなものが、まだ凛として人々の行動を支配していた頃(果たしてそんな時代があったものか、ただ何か天罰のようなものを恐れていただけかもしれないが)、生活を行政の助けに委ねる人々は、まだそれ程多くは無かったように思う。



最底辺の人々の生活を手助けすることで、今度は底辺よりちょっと上の人々の生活が、その煽りを受けて行き場がなくなったりするから、こういう福祉行政とかいうやつは、満遍なくうまくやるのは難しいのだろうな。



もしこういう申請をする時には、今度は髭などはあった方がいいのだろうか、とか考え込んでしまう。



出来るだけ可哀相な難病の診断書とかは、かなり有効なのだろう



呂律が回らないとか、目が飛んでるとかも。



手が震えてきちんと申請書が書けない、などというテクニックも有りそうだ。



そう云えば近隣にはやたら歯の抜けた人が多いが、そういう生活の知恵なのかも知れない。



これはなかなか侮れない世界だ。



自尊心を無くすことを恐れているようでは、まだまだ甘いと却下されてしまうかも知れない。
















昔々

2010-02-25 22:28:12 | 日記

いたるところに子供がいた。



子供だけではない、大人達も老人も、路地の奥や陽だまりに、



小魚が群れるように集っていた。



殆どの人々は貧しく質素であったが、子供達は豊かな情感に満ちた日々を過ごしていた。



子供達の世界には、ちゃんと正義の味方と悪人が棲んでいて、世の中で起きる大抵の諍いは、この両者の争いだと思い込んでいた。



大人達の世界にも天国や地獄という、誰も見たことのないものがあったように思う。



大抵の子供はお化けを恐れていたし、大人達は祟りや因果の轍を踏まぬようにして生きていたように思う。



世界観を彩る情報源は限られていて、大概は人の口から出た語り話だから、人の集まる所はそれら魑魅魍魎とした情報の発信基地であった。



死んだはずの婆さんが井戸の所に立っていたり、その後に火の玉が飛んだりするのはごく普通のことで、井戸の淵に盛り塩のあることが、それが真実であるという裏付けになっていた。



無一文で孤独死した爺さんの、その死床の枕の中から、旧札の札束が見つかったという話や、それを聞きつけた遠い縁者が遺体共々リヤカーで引き取っていったという話を興味深々で聞いたものだ。



大抵の話には落ちがあって、つい数日前に岬の鼻で見つかった漂着遺体は、その爺さんではないかというものであった。



いいも悪いもないのだ。



事実も空想も憶測も悪態も痴態も、そして嘘も、全部絡まったまんまの話を子供達は聞かされて育っていたものだ。



いつの頃からか家々にテレビが入り始め、それと同じくして近隣から人々の集う陽だまりが消えていったような気がする。



一体、文明は人を幸福にしているのだろうか。



最近、そう感じることが多いのは、私が年を取り、身の置き場所を無くしてしまったからであろうか。




















不思議のマンション

2010-02-24 07:54:14 | 日記

朝の5時半、ドアの前に人の気配がある。



狭いワンルームの安普請だから部屋のどこに居ても、廊下の様子は気配でわかる。



こちらは夜行生活だからこれから寝ようかという時間だ。



耳を澄ましていると不意にノックの音が響いた。



不審な訪問に一抹の不安を感じたが、先に体が反応した。



とっさに機先を制する天性の明るさで、「はいはい」とドアを開けて出てみると、そこには青い作業服を着た老人が懐中電灯を片手に立っていた。



子供かと思えるくらいに小さな老人だ。



彼は懐中電灯で電気メーターを照らしながら、「メーターが勢いよく回ってたで」と意味不明なことを言う。



歯が無いらしく、言葉がはっきりと聞き取れなかったが、それでも「管理人ですので」とか「電気メーター云々」とか言ってるのはわかった。



どうやら彼はこのマンションに管理人として居住していて、一軒づつ各部屋の電気メーターをチェックして回っていたようだ。



一体何の目的でそんなことをしているのだろう。



以前の私なら、勢い込んで「だから何なんだ」と声を荒げているところだが、最近はさもありなんの周辺環境の影響からか、大概の無礼不作法にもすっかり寛大になってしまっている。



郷には郷のルールがあるのだろうから、その内にこの不思議なマンションにも慣れてくるのだろう。



話を聞くのも億劫なので「そうですか、ご苦労さん」とだけ言って早々にドアを閉めた。
















怪しい

2010-02-24 05:03:00 | 日記

P1010200



はっきり言って、我ながらこれはかなり怪しい。



これで真夜中に自転車で徘徊するのだが、何故かパトカーは素通りして行く。



思い切り派手で怪しいと却って怪しまれないのかも、と勝手に思っている。



去年の暮れに、これでコンビニへ煙草を買いに寄ったら、店員二人がお仕着せでサンタクロースの衣装を着させられていた。



お互いに相手の格好を見てカウンターを挟んで大笑いになってしまった。



どちらもほっとして救われた思いがしたのだろう。



怪しさも時には効用があるもんだと、これまた勝手に納得している。



そういえば子供が嬉しそうに手を振ってくれたことも。