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  自家採種について その2

2012-02-25 | 炭素循環農法 しゃえんじり便り

「タネが危ない」 (野口勳著/日本経済新聞出版社)

埼玉県飯能市で野口種苗店を営む野口勳さんという方がいる。    風来人とは面識はないが強く惹かれるものを感じている。

 いま、豊か過ぎる「食」の裏側で何が起きているのか、その根本にあるタネの問題を知りたくて、野口さんの本を購入した。 その一部を掻い摘んででも是非とも紹介しておきたい。

 この店の引き戸を明けると、野菜のタネ袋がずらっと並んでいる。一見普通のタネ屋さんのようだが、ここで売られているのは、すべて「固定種」と呼ばれる野菜のタネだ。固定種とは、大昔から受け継がれてきた野菜のことで、代々農家は、できの良い野菜のタネを採種し、翌年にまた蒔いて収穫することを繰り返してきた。ところがいまは、京野菜などの伝統野菜の一部を除いて、一般には固定種の野菜を育てる農家はほとんどいなくなっているという。

では、私たちが日頃、スーパーや八百屋さんで買って食べている野菜はどんな野菜なのかというと、ほとんどがF1(エフワン=雑種第一代)と呼ばれるタネから育てられている。F1とは、異なる品種を掛け合わせて、一代目の時だけに現れる“雑種強勢”という性質を利用した品種改良技術だ。雑種強勢によって野菜の生育はよくなり、さらにメンデルの遺伝の法則によって形が揃い、同時期に一斉に収穫することができるようになった。つまり、F1の野菜は規格が揃うので、大量生産、大量消費にうってつけなのだ。1960年代頃から普及したF1は、世界のタネ市場に急速に広がっていった。「いま、農家が市場に野菜を買ってもらうためには、野菜の揃いを良くすることが第一条件なのです」

「固定種が主流だった頃は、大根一つとっても大きさも見た目もまちまちで、八百屋さんで量り売りをして値段をつけていました。それが、大根1本○○円、というように均一に値段をつけられるようになったのは、F1のおかげです。しかし、このF1の野菜は、二代目以降はタネを採って蒔いても、親と同じ野菜はできず、姿形がめちゃくちゃな異品種ばかりができてしまう。ですから、F1の野菜を作る農家は、毎年、種苗業者からタネを買うことになります」

タネ採りはできなくとも、大量生産に向いたF1の野菜は市場の需要を満たしていった。それは同時に種苗業者に大きな利益をもたらし、F1を効率的に作るための技術開発も日進月歩で進んだ。

「F1は雑種をつくる技術なので、本来、植物が行っている自分の花粉で受精する能力は邪魔なのです。だから最初は、人が手作業で雄しべを取り除いて自家受粉できないようにして、他の品種と交配させることでF1を作っていました。日本では大正時代に始まった技術です。次に、自家不和合性という、同じ株の花粉では受粉できない植物の性質を利用してF1をつくる技術が生まれ、さらに、雄しべを持たない雄性不稔(ゆうせいふねん)という突然変異を起こした個体の特性を取り込む技術になっていきました。雄性不稔はミトコンドリア遺伝子の異常で、極わずかな確率で自然界に生まれます。自分で子孫が作れないために、自然界では淘汰されてきたのですが、それをたまたま発見したアメリカ人が、これは使える、と思ったわけです」

本来は生殖機能を持った植物を、雄しべがなかったり、花粉がなかったりする植物に変えることで、より効率的に他の品種と交配させてF1を作ることができるようになったのだ。

「簡単に言うと、野菜を無精子症にしたわけです。雄性不稔は母系遺伝するので、正常な野菜と人為的に交配させることで無限に増やすことができます。今後は、私たちが食べている野菜のほとんどが、雄性不稔によるF1になるといっても過言ではありません」

 だが、自然の摂理から大きく外れて発展した交配技術の安全性について、野口さんは警鐘を鳴らしている。

「自然というのは本来の姿に戻ろうとするので、時々、雄性不稔の野菜の中に雄しべのある正常な花が咲くこともあるんです。それを種苗会社は見つけては抜いて捨ててしまう。生命として正常な野菜は捨てられ、雄性不稔というミトコンドリア遺伝子の異常を利用した野菜を私たちは食べている。それが先々どういう影響を与えるのかを考えると、私は怖くて仕方ない。生命にとって、ミトコンドリアはエネルギーの源で、免疫機能を司り、変異を起こせば生命の死に関わってくる。それは植物も人間も同じなんです。子孫をつくれない野菜ばかりを食べていて、人間に影響がないなんて、あり得ないのではないでしょうか」

私たちの食生活は、もはやF1がなければ、成り立たなくなっている。

「いま、流通している野菜で、家庭で調理されているのは3割を切ったそうです。この間まで4割くらいだと言われていたのに……。残りの7割は、外食、中食です。外食や中食は、形や重さなどの規格が揃っていなくてはダメなんです。固定種は、機械調理に向かないし、野菜の味が濃いために、均一に味付けできません。市場は、規格が揃っていて味付けしやすいF1野菜を、外食と中食産業のために仕入れている。家庭で調理する3割のためではありません」

 野口種苗には、最近、これから農業を始めたいという人が、固定種のタネを求めてやってくるが、野口さんは、固定種で農業をやることを勧めない。

「固定種は昔の野菜の味がする、味がいいから作りたい、と言われても、現実には流通に乗せるのは難しい。スーパーで固定種の野菜を売ることは、まずできません。だから私は、農業で暮らしていきたい、しかも固定種を作りたいという人には、F1と両方作ってくださいと言っているんです。売り物はF1で作って出荷する。固定種の方は、自分で食べるように自家採種して作り続けていくことによって、やがて、固定種を売ってください!という人が必ず来る時代になるからって。安いもの、便利なものがいい、という価値観が続く限り、F1の流れは止まりません。世間一般のほとんどの人が、固定種とF1の違いを知らないのが現状ですから」

 だからこそ、野口さんは一般の人たちにこの事実を知ってほしくて『タネが危ない』を書いたのだ。

「種苗業者側から見れば、一般の人には本当は知られたくない、知る必要がない、ということを書いているので、今回の本は、種の業界の中ではアンタッチャブルな存在です(笑)」


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