TAKAOSANのブログ(OCN CAFEから引越し)

このブログを始めた頃と様々なことが変わりました。
30代だった私も定年退職が近い年齢になってきました。

ゴルバチョフ氏逝く

2022-08-31 10:48:09 | 日々雑感
ゴルバチョフ元大統領、共産党書記長が亡くなられました。
ペレストロイカ、グラスノスチ
私は大学で、国際関係を専攻していました。(不勉強ものでしたが)
勉強はあまり好きではなかったのですが、国際政治については興味があり、当時もその分野の書物は読んでいました。

私自身は、70年代の西ドイツの東方外交について、卒論を書いていた時期に、
ゴルバチョフ氏が活躍されておりました。
東西陣営の対立が雪解けに向かって、大きく前進した時期でした。
うちの妻は卒業旅行でベルリンを訪れ、東西ドイツの壁を崩した破片をもって帰ってきています。

現在、ウクライナへの侵攻を指示したとか、ソ連の崩壊を招いたとか、ロシア国内だけでなく、その他の国でも評価が
分かれることになってしまっていますが、
間違いなく、ゴルバチョフは、対立の構図から、融和への道を開いたと私は思っています。
彼が共産主義者であるとか、どうかは別にして、
ソ連の衛星国の独立を認めたことは、世界的には好影響であったと思います。
誤算は、ソ連の影響が少なかった中国。
ここが崩れなかったことでしょうか?(ゴルバチョフが望んいたわけではないでしょうが)

兎に角
世界を変えた人であることは確かだと思います。

ご冥福をお祈り致します。


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4 コメント

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ベルリンの壁 (hidebach)
2022-08-31 12:25:43
ベルリンの壁が撤去されたのが1989年で、
その10年後のドイツを訪れて、
ヒットㇻーが演説をしたビアホールでビールを飲み放題。
その6年後の2005年にモスクワを訪ねました。
ガイドさんの母親が内科医で、
国営病院から民間病院に転職したら年収3千ドルで10倍になったと自慢していた。
ボクはこの時定年後の非正規雇用でしたが、
年収4.2万ドルだったことを覚えている。
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Unknown (せとやん)
2022-09-01 09:38:13
TAKAOさんおはようございます。

自分が佐賀支店勤務のころだから、1991~2年ごろかと思いますが、今、この人物が亡くなったら世界が震撼するという人物にゴルバチョフの名前が挙がっていたのを覚えています。
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おはようございます (ytakei4)
2022-09-01 09:54:47
ゴルバチョフ氏のご冥福をお祈りいたします。
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こんにちは (koungo60)
2022-09-01 12:50:25
私も、対立から融和への道を切り開いた人だと思っています。

ウクライナへの侵攻が収まるのを見たかったでしょうね。

ゴルバチョフ氏のご冥福をお祈りいたします。
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