4月7・8の土日は、山鹿温泉祭でした。スポーツイベントや合唱発表会が中心の市民の祭りです。塾の前の通りを、とても元気なこども神輿(みこし)の行列がいきます。
室町時代(1400年ごろ)、山鹿で温泉が出なくなりました。そのとき、金剛乗寺のお坊さんが薬師堂(やくしどう)を建てお祈りをしたという温泉復活のお祭りとされていて、薬師堂がさくら湯わきに残ります。
百華百彩2011・石門くぐって金剛乗寺へ
でもね。山鹿温泉祭は、明治7(1874)年に始まってます。明治5年に温泉の改築がおこなわれたのが、いまの温泉祭の始まりです。
さくら湯は10月末まで、再建へ@山鹿市
>江戸時代、温泉は身分によって入るところがわかれ、との様や藩(はん)の重役が利用する「御前(ごぜん)湯」、家臣(かしん)が利用するの「御次湯」、一般平民が入る混浴の「外湯」と三つに分かれていました。
>明治5年(1872年)ごろ温泉の改築が行われ、町営の龍(たつ)の湯、桜湯、紅葉(もみじ)湯、松の湯、梅の湯が作られました。
「温泉も新しゅなったし世の中も新しゅなったらしかけど、どぎゃんなっとかねえ」
いそがしくなる田植え前のひと時、桜をみて新酒を飲んで温泉にひたりながら、祭りを楽しむひいじいちゃんひいばあちゃんたちを想像してしまいます。
新しいさくら湯は、平成24年11月完成予定です。(塾長)
八千代座、奥へ
イタリアンランチいただきます|山鹿をさるく
秋のソラ。さくら湯再建中|山鹿をさるく
さくら湯跡地はこんなにすっきり@山鹿温泉
再開発ビルの改装を見守る灯篭娘@山鹿市
室町時代(1400年ごろ)、山鹿で温泉が出なくなりました。そのとき、金剛乗寺のお坊さんが薬師堂(やくしどう)を建てお祈りをしたという温泉復活のお祭りとされていて、薬師堂がさくら湯わきに残ります。
百華百彩2011・石門くぐって金剛乗寺へ
でもね。山鹿温泉祭は、明治7(1874)年に始まってます。明治5年に温泉の改築がおこなわれたのが、いまの温泉祭の始まりです。
さくら湯は10月末まで、再建へ@山鹿市
>江戸時代、温泉は身分によって入るところがわかれ、との様や藩(はん)の重役が利用する「御前(ごぜん)湯」、家臣(かしん)が利用するの「御次湯」、一般平民が入る混浴の「外湯」と三つに分かれていました。
>明治5年(1872年)ごろ温泉の改築が行われ、町営の龍(たつ)の湯、桜湯、紅葉(もみじ)湯、松の湯、梅の湯が作られました。
「温泉も新しゅなったし世の中も新しゅなったらしかけど、どぎゃんなっとかねえ」
いそがしくなる田植え前のひと時、桜をみて新酒を飲んで温泉にひたりながら、祭りを楽しむひいじいちゃんひいばあちゃんたちを想像してしまいます。
新しいさくら湯は、平成24年11月完成予定です。(塾長)
八千代座、奥へ
イタリアンランチいただきます|山鹿をさるく
秋のソラ。さくら湯再建中|山鹿をさるく
さくら湯跡地はこんなにすっきり@山鹿温泉
再開発ビルの改装を見守る灯篭娘@山鹿市