多摩川 健・・リタイアシニアのつれずれ・・時代小説

最近は元禄時代「寺子屋師匠 菊池三之丞 事件控え」全30話書いてます。週2-3回更新で順次 公開予定。

江戸 元禄 人模様 てらこや師匠菊池三之亟 事件控え・・第三話 「泥棒村」その3

2024年04月08日 10時37分02秒 | 時代小説

    

 

  

 

     「泥棒村  その3」

それから一刻。新橋の金春湯屋に出向き、ゆっくり湯につかった三之丞は、帰りに店じまいした煮売りやおみよの店によって、頼んでおいた野菜の煮しめとイワシのめざしを受け取ると、遅い夕餉をゆっくりと食べ終わった。明日の子供たちへの手習いの準備も終わり、床をのべようとしていた。時はすでに子の刻に近い。入口をたたく音が聞こえた。

「兄上、兄上。まだお休み前ですか」

 弥生の声がする。外は漆黒の闇だ。

「なんだこんなに遅く・・一人でまた参ったのか」

「母上がどうしても、今晩中でとお待ちでございます。どうしても連れてこいとのおおせでございますよ」

   苦笑しながら三之丞は袴をはいた。

二人が外に出たその時・・三乃丞が門口で立ち止まり、ふーと天を仰ぎ見るとじっと立ち止まったままであった。

 鋭い直感が三之丞を貫いたのだ。前にもしばしばこのような兄の直感に驚かされた弥生は・・思わず、

 

「いかん。この辺りで何か大事が起こるぞ。弥生はしばらくここにおれ」    そういうと、井戸端から向こうの長屋の端まで確かめに行った。北西の角のおいとの家の方向から、黒い影が飛び出し木戸へと駆け抜ける。

「弥生。今の男を追うぞ。大丈夫か」

 その時黒い影の男は、木戸を大きく飛び上がり、通りを新橋方向に走る。

「兄上。何者でしょう。おいとさんの家からですね!」

   三之丞と弥生は新橋方向に宇田川町から柴井町へと、男の後を追って走る。右に浜御殿と松平肥後守屋敷。露月町の角まで来ると、三之丞は立ち止まり、無言で姿勢を低くしろと弥生に合図した。

先ほどの男の影は見えない。と、 その時、浜御殿の海の方角から十数名の黒装束の賊が、西の源助町の方向に、疾風のような速さで走り抜ける。西の方角からも、別の十数名の黒装束の男たちが、あっというまに源助町の大黒屋の前で合流する。一団は勝手口に回り込み、大黒屋の屋敷内に消えた。くらい静寂だ。

「どうするべきか」

 三之丞と弥生が、南町奉行所に走ろうとしたその時、三十数名の黒装束の賊たちは戻って、三丈間隔ほどで、浜御殿横の海に向かって走る。その先には大船が待ち構えていた。

「なんと準備の良いことだ!」

二人は驚いた。大黒屋からは、千両箱が手渡しで三十数名に引き継がれ、大船にあっという間に入ってゆく。猶予はない。まことに驚くはやわざだ。大黒屋の店の者たちはなんとしたことか。

「弥生。わしはあの大船の行く先を見届けねばならん。江戸湾に入ったからには、海から千住の河口か、西なら三浦から、伊豆半島方向に向かうだろう。わしの勘では千住方向だ。深夜だが、そなたは直ちに南町奉行所にいきさつを届け出ろ。築地の家から馬を用意し、千住の河口に向かってくれ。あの大船は河口口までしか入れんだろう。多分積み替えを準備していると思われる。頼んだぞ」 

  三之丞は東の両国方向に向けて走る。

「兄上。お気をつけて、相手は三十数名と思われますので!」

 と声をかけると、新橋から数寄屋橋の南町奉行所へ、弥生も漆黒の闇を走った。

 

 

 この疾風のーーいただきーーから一刻前のことであった。

西川の捨松は、増上寺方向から師走の寒風の中を二十名ほどで芝、源助町の大黒屋に向かって、音もたてずに走り着いていた。三十数名で勝手口から一階の店内に入る。夕餉の後か十名ほどが眠りこけ、ぐったりしていた。その中には、手引きのおいともいた。奥の店主夫婦の寝間に回ってみると、ここでも夫婦は昏睡中。まことに見事な薬草の効き目であった。かねてのつなぎのとおり、化粧棚の三段目から本蔵のカギも出てきた。

「予定どうりじゃ。皆の者。千両箱を、大船まで引継ぎで渡すのだ」

泥棒村の三十数名の賊たちは一気に店から大船まで走った。そして千両箱が、次々に大船へと運び入れられた。半時もかからない五年準備の早業であった。

人の命も殺めず、女子供も犯さず、本蔵から、二百箱近い千両箱の内、きっちり百箱ーーーいただいたーーーというわけであった。

「予定どうりであったな。おいとも、よく辛抱して成し遂げてくれた。さあ皆。大船に引き上げだ。千住でもう一仕事、残っておるからのう」と捨松。   

 

 

三之丞は師走の闇を両国橋をぬけ、三ノ輪から千住に向けて走る。芝の江戸湾から大船で北を目指すなら、まずは千住の河口であろうと直感が告げていた。 

千住の宿場を超え大橋を渡る。右は荒川、大川から江戸市中へ。左は千住の河口へ向かう土手であった。暗闇の向こうから海のざわめきが聞こえてきた。  いた!  大船は砂州の先に、すでに係留されていた。下には小舟が四艘。まさにいま、黒装束を脱いだ屈強の男たちが、千両箱を小舟におろしている。薄い月明かりの先で、頭と思われる男が声をかけていた。土手の右側に杉林があり、小さな地蔵堂があった。地蔵堂に姿を隠し、船の行方を見定める。宿場の方角から、馬に乗った弥生がやってくる。朝明けに、近づく影が大きくなる。

「おい ここだ」

   三乃丞が一声かける。弥生は地蔵堂の蔭の柱に馬をつなぐ。

「兄上。ここでしたか。大船から、あの四艘に荷下ろしして、どこに向かうつもりでしょうか。南町奉行は二手に分かれ、西は東海道三浦方面と、こちら東は千住から銚子方向に向かう手筈ですが、到着は明け方になりましょう」

「それまでに、行き先を確かめねばならぬな。四艘が川を上り始めたぞ。われらは二人だけ。向こうは数十名の屈強な男どもだ。うかつなことはできんな。まずは悟られぬように、船を追って、奴らの拠点を突き止めねばならん」

「兄上の縁談話が・・とんだことになりましたね。父上も母上も、必死で止めましたが、概略だけ話して馬で飛んでまいりました」

   気負いたつ弥生。「この馬で、賊どもを追うことができる。一人ではとてもな。しかし弥生。今後、無理はいかんぞ。腕に覚えがあろうとも、多勢に無勢であるからな


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