多摩川 健・・リタイアシニアのつれずれ・・時代小説

最近は元禄時代「寺子屋師匠 菊池三之丞 事件控え」全30話書いてます。週2-3回更新で順次 公開予定。

全文掲載 江戸元禄人模様 寺子屋師匠 菊池三之亟 事件控え 第三話 火つけ・・前篇

2024年04月29日 17時34分00秒 | 時代小説

 

 第三話      泥棒村  

 つけ火の捕縛に活躍した、三之丞と田島牛乃進の親交が深まり、その一年後の元禄三年同じ師走のことであった。 
 三之丞は鍵屋長屋東北角の厠を使い、露地右に折れて井戸に向かう。長屋の木戸の方角から、小男が,師走の寒い風を避けるように、北西の奥に向かっていくのを見ていた。

 三月ほど前にも確か、あの男は大圓寺の裏門、北西角の家にきたような気がする。竹のぶらしで歯をすすぐと、ゆっくと木戸入口右側の自宅へと向かう。北の方角から、強い風が吹き長屋の路地に土埃が舞う。

 「おいとさん。これはお頭からの、例のものでござんすよ。まあ村内でも試してみましたが・・なかなか使う量が難しい。簡単に、誰かに試すわけにもいかないからね。私も少しやってみたんですがね・・意識が朦朧として、そのまま寝込ンじめえましたよ。若い筏師の連中は、うなりっぱなしで・・寝つけずにうなっている者もおりやした」 

   丸顔の目じりをさらに下げ、弥助が薬草の説明をする。

「そうなの・・・・量を間違えたら大変なことになるのね」

「お頭は、年が開けてすぐにとおっしゃっておられるので・・なんとか準備を願いたいものでございます」

   渋茶をすすりながら、弥助はしょってきた荷を下ろす。

「いよいよですね。五年がかりで準備してきたのですから、失敗するわけにはいきません。この薬草は私も少し試してみましょう」

   小型の壺に薬草茶が入っている。

「くれぐれも量には気をつけなすって」

   薬草を一つまみする。

「分かっていますよ弥助さん。ところで銭は、ここに揃えてあります。少し重いようですよ、背負ってなるべく早くお帰りなさいまし」

   布団の奥から箱を出すおいとであった。

「おいとさん。分かりました。夜のうちにひとっ走りして、飯能河原まで戻ることにいたしましょう。今日の荷は、この三百両でございます。あと年内にもう一度参りますので、それまでにいつものように、銀貨と小銭にお願いします。ではわしは、これで失礼して」

「弥助さん気をつけてお帰りなさいよ」

「おいとさんも気をつけなすって」

   寒空の中、急ぎ、弥助は引き上げっていった。



  武蔵国。飯能河原の村では、西川の捨松が子の刻すぎのこの時刻まで、弥助の帰りを待っていた。がっしりとした下あご膨れの音松は、囲炉裏にじっと座っていた。 

「西川のお頭。いつものように、渡して参りました。おいとさんの方も、ほとんど準備が整ったようでございます。年明けにはと。申しておられました」と弥助。

「そうさなあ。大黒屋も五年もかけて準備をしたんだ。苦労なことだ。年明けといわず、この師走に一挙に頂きということにするか」

    ゆっくりと煙草に火をつける西川の捨松。

  五年前の酒田でのーーいただきーーは苦労した。酒問屋、井筒屋から越後を超え、中山道までの山道を、千両箱を運ぶのは並大抵ではなかった。江戸府内は取り締まりも厳しいだろうし、この度の仕事は、この飯能河原の村まで運ぶ手段が一番の難題だった。

「弥助さん。皆の衆に、年末の二十五日いうことで、寄合いを私の家でやりますからな。頼みましたよ」

   捨松もいよいよ決心したようであった。

「承知いたしました。二十五日には、それぞれの役のものが集まってくると思いますので、歳の垢を落とす酒盛りの前に、江戸でのーいただきーの打ち合わせをいたしましょう」

   弥助は副お頭格で村人の信頼も厚かった。

「そうだな。来年がが良い年になるようにな。どの村も、今年は作物の出来があまり良くないようだ。西川材はなんとか商売になっておるが、近郷の百姓たちを助けてやらねばなるまい。人目がつくのでの、小判を、小銭に替えて百姓たちに明るい春が来るようにしてやりたいと思っているのだよ」

    囲炉裏の燃え炭をかきだす捨松であった。

「久しぶりのーーいただきーーでござんすね」

   と弥助も目を細める。

   入間川上流から流れが荒川に向かう前に、川は、ここ飯能河原で大きく蛇行していて、鬱蒼とした杉や檜を切り出し運ぶ西川材のおかげで、この村はずっと豊かに暮らしてきている。この左右に広がる山々からの杉と檜のおかげで、村人たちは豊かに暮らして行けるのだから、そのお返しをしなければなるまい。と西川の捨松も、村人も考えていたのだ。

 

 

おいとは鍵屋長兵衛の口利きで芝、源助町綿糸問屋大黒屋に入って、早くも五年の年月がたっていた。はじめのころは、勝手口の手伝いや下働きであったがその気遣いの良さから、台所・炊事のことは次第に任され、三年目には女中頭のような塩梅になっていた。

おかみさんも信頼し、よくしてくれている。このようになれた店でーーいただきーーをしなければならないのは、少しつらいものがあった。 通い奉公でもあり、店でも長屋でも、できるだけ目立たないように暮らしてきたつもりではあったのだが。

大黒屋の旦那も女将さんも、蔵の鍵だけは、決して使用人任せにはせず、女将さんの化粧箪笥の三段目に保管し、蔵の開閉には必ず、どちらかが立ち合う日常であった。蔵のカギの在処もわかるし、店への手引きも簡単であったが、今回は少し気が晴れないおいとであった。が・・五年の準備を無にすることはできない。優しい目のおいとは気を取り直す。

 

 江戸での綿糸の扱いは、菱垣廻船、樽廻船で、西の難波や京から全国の良質綿糸や綿織物が入り、それを東回りや西周りの航路で、山陰から秋田、山形、岩手、青森の卸商や藩に転売し、莫大な商いになっていた

 芝の大黒屋の本蔵には、千両箱が二百以上あると噂されていた。千両箱には 八百枚から九百枚の小判が入っていたから・・現代の価格で言えば、一両二十万円弱としても・・ 一箱二千万万円弱くらいということになるが・・五両あれば、一人一年暮らせる当時としては、莫大な金額であった。

 今回のーーいただきーーは、千両箱五十箱ということになろう。全部頂かずに、その大店が、再建できる程度にするのが西川の捨松の決め事であった。さすれば大黒屋も、何とか再建し、商いをやって行けるであろう。最大の問題は、五十の箱の運搬にあると考えていた。飯能河原までこれだけ運ぶのは並大抵のことではない。それこそが今回のーーいただきーーの重要な肝でもあった。

 

 

  芝御殿。中之御門橋の南が松平肥後守。北が松平陸奥守の屋敷であった。大川から江戸湾に入り、この中之御門橋のあたりであれば、大船が係留できることも、西川の捨松には調べがついていた。大川から、千住の先までは大船で運ぶことができるだろう。そこからさらに数隻の小舟に荷を積み替え、荒川の上流まで。と。手はずは整えていた。この方法について、捨松は弥助と何度も相談していたし・・実はそのための大掛かりな準備を、一年前から行っていたのだ。

  飯能河原のこの村は、戸数四十数軒、総勢は百二十人強であったが、西川材のおかげで豊かな暮らしであった。左右の山林から、杉や檜を伐採し入間川から荒川、千住から大川を下り、木場まで筏を組んで運搬し。生計を立てていた。このいきさつは、西川の捨松が東北釜石の浦で網元漁師の子として育ち、竹馬の友、寺子屋で一緒に机を並べた土地の豪商佐野家の惣領佐野吉秀との関連であったが、その話はまた後程にしよう。

  西川材の仕事のために二代にわたって、村では分担が決まっていた。熟練の筏乗り職人二十数名を、頭の半七がまとめていた。剛力百姓十数人は、みの助が そのほかに、つなぎの徳、よろず調達の五名は三次が、錠前と鍛冶屋は仁兵衛、早や走り連絡のよし他数名、寺と墓は山寺の田の助、寺子屋と医者を兼ねた、方徳は子供達と女房どもをまとめていた。この連絡網に乗って、すでに鍵屋長屋のおいとからは、芝大黒屋の詳細な図面も入手していた。

 ーーいただきーー当日の四十数名の黒装束や、足回りはすでに三次が調達準備を終わりーー当日、店の者を眠らせておく薬草の準備は方徳が準備していた。  

   ここ数年江戸の町はやや華美に流れ、市民の生活は豊かになりつつあったが、ここ川越や飯能あたりの百姓は、日照り続きもあって、貧しく苦しんでいる。かって貯めた小判は小銭に変え、近隣の村々にそっと施してきた。このたくわえ金はこの村のためだけではなく、近隣の生活をも救っていたのだ。村では頭の西川の捨松、弥助だけでなく皆結束が固い。男も女も自分たちの使命をわきまえ秘密を守ってきた。こんな奇妙な村が、一つくらい世の中にあってもいいのかもしれない。 

  

 亥の刻少し前、少し肩を丸めながら鍵屋長兵衛は長屋の木戸をくぐる。長兵衛は、時々夕餉もすんで仕事の段取りが付くと、こうして巡回する大家であった。

 大きな三棟の右の一角を、煮売り屋から東に回り北東の厠のそばまで来ると門口から出るおいとに出会った。

「おや おいとさん今日は早いお帰りだったかい」

「あ。 大家さん。いつもお世話様でございます。久しぶりに早く上がりましたんで、これから湯屋へ行こうかと」

   優しい目と大きな耳のおいとだ。

「しばらく姿を見なかったが元気で暮らしおるようじゃな」

「もうかれこれ・・ここと、大黒屋様にお世話になって五年でございますね。お店でもすっかり慣れ、よくしてもらっております」笑うおいと。

「それは良かったのう。ところで・・・おいとさん・・・誰かいい人はできたかね」

  こずくりだが愛嬌のある襟足のきれいなおいとだ。

「鍵屋さんいやですよう。私みたいな女では、とてもとても・・・」

「いやいや、私も心にはかけているのだが。いつまでも一人暮らしのままというわけにもいくまい。捨松さんからも、誰かいい人がいればと。飯能の村の方々も元気でおられるかのう」

   丸顔でつややかな髪の大家の鍵屋だ。

「筏で、西川材を木場に降ろした後、いつも誰かが帰りがてらに寄って、村の様子を聞かせてくれていますよ。おかげさまで、皆元気でやっておるようでございます」

「それはそれはよかったの。江戸でも、このところ普請が盛んで材木の需要は増すばかりでな。それなら皆の衆も安心して暮らせるな」

「はい、さようでございますね。寒いので鍵屋さんもお気をつけて」

 

三乃丞は牛込での稽古を終え、金杉橋を増上寺の方角から渡って鍵屋横丁木戸口まで来ると、東の長屋奥の方角からどこかでみかけたような・・気のする・・男と出会った。男は顔を背け会釈すると、足早に木戸を抜けて出て行った。確か・・あのお方は・・二年前、私が川越の剣の友、及川治三郎を訪ね江戸へ帰る途中、腹痛で、街道の地蔵尊の前で下腹を抑え、冷や汗を流していた時に、お助けいただいた医者では・・・・・・

印籠から漢方の薬草を出し、手当てしていただいた・・・その折お聞きした・・飯能の村医者で、方徳様ではなかったのか。それとも人違いだろうか。

そしてその三日後にまた増上寺の前で、あの方に出会う三之丞であったが、先方は、北へ急ぐ様子で足早に去って行った。

 

師走の忙しさが鍵屋横丁にも漂い、朝から大騒ぎであった。棒手振りの魚売りや大工の職人、鍛冶屋、竹職人、砥ぎ師、小間物行商、薬売りなど。 師走になんとか付け支払いを済ませ、新年を迎えようと、仕事納めに向かって奮闘中であった。三之丞はこうした長屋のたくましい連中を見ると自分は・・どこかへ・・おいて行かれるような気がして・・ふとさみしさも感じていた。

 


  一方 飯能河原の村ではいよいよ最後の詰めに入っていた。

「方徳さん。この薬草の効き目は、しっかりと確かめてくれたかい」

   と西川の捨松。

「はい。西川のお頭。大丈夫でございますよ。何度も試し・・私も試しました」

「この辺りで取れるこの麻が、それほど効果があるものかい」

「左様でございます。この麻は、一年草で丈は三丈ほどになりますが、夏に花を落とした後、麻糸を取るんでございますが、この少しとがった葉が、曲者でござりまする。これを干しまして、通常、は天日干しに長い間するわけでございますが、私は短期に大量に作るため、家の中に小さな炉をを作りまして、この麻の葉を大量に乾燥させました」

   眉の濃い角張った目でじっと薬草に太い腕を伸ばす。

「黒ずんだ葉と言うか・・・そうな感じだな・・」

   と西川の捨松。

「左様でございますね。これを飲んでみたら、大変なことになります。色々試しましたが、やはりこのひとつまみの乾燥した麻の葉で、土瓶一杯分の薬になります。まず、すぐに頭の脳みそがいかれてまいります。幻覚を見るような感じになり、意識がもうろうとして、昏睡状態に陥ります。つまり適量を飲んでおれば、命に別状はないが、昏睡状態がほぼ半日は続くという代物でございます」

「そんなに、昏睡状態になるものなのか。しかし量を間違えたら大変だな」

「その辺は、おいとさんともよく相談いたしまして、命を殺めないようにいたしましょう」

   自信ありげな方徳であった。

「そうだな。決して女子供を犯さないこと。財産を全て取らないこと。人を殺めないこと。これが我々の掟であるからな」

    方徳がうなずく。

「心得ております。明日にでも、これをもちまして、おいとさんと相談してまいりましよう。おいとさんは、大黒屋の炊事場を一手に仕切っておりますのでーーいただきーーの当日の夕餉。味噌汁の中に、これを入れて全員、眠らせましょう」

「それでおいとは・・そのあとどうするつもりかの・・・」

「先日の、おいとさんとの打ち合わせでは、後の詮議で、内部の手引きなど調べが厳しくなるので、自分も勝手口の芯棒を外したら、味噌汁を飲む、と言っておりますが。そのほうが、決して疑われないだろうとも。翌日、目が覚めても皆、覚えもないことで、不思議な一家全員の昏睡中の盗みで・・・証拠も挙がらないわけですから」

   薬草を箱に戻した方徳が、捨松から濃い茶を受け取りゆっくりと啜る。

「そうか・・・大変なことじゃが、そのようにおいとが覚悟を決めているのであれば、そのようにしようかの。半金は残しておくわけだから、大黒屋も立ち直るであろう。半年か一年して、ほとぼりが冷めてから、引き上げさせればいいだろう。確かおいとは、筏職の半七といい仲であったな。五年も引き離し、不憫であったな。引き上げたら盛大な祝言をしてやろう」

   と捨松は煙管に火を付ける。

「それはようございますね。半七もおいとさんも、喜ぶことでしょう」

「この師走の二十八日だ。雨が降ろうが、雪だろうが、大船の準備もしてあるので、外すわけにはいかない。しかと伝えておくれよ。万一の時に備え、宵の刻につなぎの徳をおいとの家に詰めさせておくからな」

「承知いたしました。抜かりなく伝えますです」

    方徳が捨松のもとを去る。


  西川の捨松は、東北の海岸線釜石浦の出身であった。東日本の物流を抑える豪商佐野吉秀とは幼馴染の仲だ。数年前から佐野とのやり取りを、捨松は頻繁に行っていた。そしてこの師走の約六ヶ月ぐらい前からは、村のおもだった男たちを、釜石浦に派遣し、大船の操船技術を実地で訓練してもいた。

 筏職半七ほか九名、強力百姓みのすけ他4名。食料、装束、工具などの調達の三蔵。はや走りのよし、総勢十六名の男どもが、別動隊で準備していた。佐野とは、五十数年の付き合いである。うすうすと、捨松の狙いを察知していたが、西川材の重要な供給先でもあり・・・・深くは追及しない佐野であった。

 

 師走二十三日。三乃丞が寺子屋をしまい、湯屋へ行こうとしていた戌の刻。久方ぶりに妹の弥生が訪ねてきた。
「兄上お変わりはありませんか」

「変わらず元気にいたして居る。そちは、道場の帰りかな。今日はまた何用じゃ。お父上、母上、兄者ども、みな息災でおろうな」

「はい。柳井道場の帰りでございます。お父上が、様子を見てこいと仰せられましたので、ご機嫌うかがいでございます」

 と胸元から袱紗に包んだ金を置いた。

「そのような心配はせんでよいと母上に伝えてくれ。寺子屋も順調でな。一人で食うて、生きて行くにはじゅうぶんなのだよ」と三之丞。

「まあまあ、まあそうおっしゃらずに。それが父母の心とゆうものですよ」

「お。 なんだ。そちは説教に来たのか」二人は笑い合った。

 菊池の後妻みとの実子は、三之丞と弥生であった。長男と次男は先妻とよの子である。家督は長男太郎左衛門が継いでいる。

 三之丞と弥生は何かと気の合った兄妹で、二人供母みとに似て、すらりと背も高く、切れ長の目の美形で、色白であった。

 弥生は幼いころから兄に負けまいと勝ち気で、習い事よりは、兄との剣術を楽しみにするような旗本の一人娘で、薙刀の稽古からはじめ、今では父母を説得し、溜池の柳井道場に通い、八年後の今は、師範代柳井正勝の代理を務める腕前であった。若衆髷に袴姿である。

  しばし無言の二人であったが、遠く時の鐘が響き渡ると・・兄が目を細める。

「兄上。何を考えておいでなのですか」

「いや、このところ長屋やこの付近でよく会うお人がいての、こちらは見知っておるのに、先方は避けるようにして行き過ぎる。何か不思議な気がしてな」

「はてそれはまた不思議でございますね。人違いではありませんぬか」

「いや。人違いではなかろう。ま。夜も遅い。もう帰りなさい。皆様によろしくな。旗本の三男坊が、こうして市中で気楽に暮らせるのも、お父上のお許しがあればこそだ。まことに感謝いたしておる」

   三之丞の本心であった。

「うらやましい兄上ですこと・・・・・」弥生は帰っていた。

 

 

「兄上。何か!」その翌日の宵遅く、三乃丞が厠を使って井戸端から部屋へ戻ろうとする。木戸から入ってくるあの男にまた出会った。顔を背け、奥の方向に行こうとする。間違いない。あの時お助けいただいた方徳様だ。思い切って三之丞は声をかけた。

「川越でお助けいただいた方徳様ではありませぬか」 

  男は、はっとしたように顔を上げた。間違いなかった。

「あの折はありがとうございました。川越在の友人を訪ねた帰り道に腹痛で。お助けいただいた菊池でございます」

  三之丞の礼に、男はとぼけ顔で答える。

「おうおう。あの時の吾人か。確か寺子屋の師匠とか。ここであったか。旅の途中難儀をしておられる方を助けるのは、医師として当然ですよ」

   眉の濃い角張った目の方徳。

「誰かお知り合いがこの横丁長屋に・・」

「はい。時々薬草の仕入れに江戸に参りますが、今日は飯能河原の村の、家族からの届け物を、ついでにおいとさんに置いて帰るところです。時々こうしてよらせていただいております」

「たしか、おいとさんは近くの芝大黒屋さんに通いで・・」

「さようでございます。年頃でございますので、村の両親も、そろそろ帰って嫁入りの支度をさせたいと考えておるような次第でして」

「さようでございましたか。夜も遅い、気を付けてお帰りください」

 方徳は急ぎ足で、北東角のおいとの家に向かった。

 

 「おいとさん。今そこの井戸端で、昔、川越の街道で腹痛のところをお助けしたお方から声をかけられましてな。時々、村からの届け物と・・いたしておきましたが、どのようなお方ですかな。用心にこしたことはありませんからね」

「ああ。あのお方は、旗本菊池様の三男坊で家督の見込みなく、街中で気楽な仕事をと・・寺子屋の師匠で、長屋の子供たちが毎日世話になっております。趣味は銭湯の長湯と剣術だそうですよ。牛込の堀内道場では三羽烏とか」

「そのような方がおられるのか。用心じゃな」

   濃い眉の下の鋭い目が光る。

「この暮れの二十八日と決まりましたよ。雨が降ろうと、雪であろうと江戸湾から芝に大船も用意しています。万一のつなぎには、徳が当日宵の刻、この家に待機です。どうしても具合が悪い場合以外は、必ず決行と西川のお頭からの伝言でございます」

   再び方徳の目が鋭く光る。

「わかりました。いよいよですね。五年の準備が。ところで方徳さん。この麻の薬草はそんなに効果があるものですか」

  小箱を開けるおいと。

「私も試しましたが、間違いなく昏睡状態に陥ります。肝心ことは、使う量でございます。決してお間違えにならないように。味噌汁大鍋いっぱいに、土瓶いっぱい分のみでお願いします。それ以上では万一昏睡から冷めず・・もございますので」

   小箱の中の乾燥させた麻の薬草を、おいとの前に置く。

「では方徳さんがお帰りなったら、今日、自分で試してみましょう」

「おいとさん。お試しなら、くれぐれも碗の三分の一になさいませ。間違えては危険ですから。それと勝手口の芯棒だけは、夕餉前に外してくださいませ。道具で壊すことは簡単ですが、近所に物音が漏れて、悟られては面倒ですから」

「わかりました。それでは私も疑われないように、夕餉を食べまして・・」

「西川のお頭は、それを心配しておりますが・・本当に・・それでよいのですか」

「半年もしたらお店を引き上げ、村に帰ることにいたしましょう。覚悟はできておりますゆえ。半七さんも、待ってくれるでしょう」

   しっかりとしたおいとだ。

「それではおいとさん。身体を壊さぬようにお気をつけて」

   方徳は夜泣き蕎麦屋が横丁を通るそばを、さっと木戸を抜け暗闇に消えた。(前篇終了)

 

  
  


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