『 就学前のしつけが将来を左右する 』
25年ぶりに日本に帰ってきてまず驚かされたのが、
日本の親の「しつけ行動」であった。
買い物をしているとき、「お子さんを走らせないでください」と
アナウンスが流れた。
アメリカではこのこと自体考えられないが、さらに驚かされたのは、
親が走り回っている子供を注意しないことだった。
アメリカなら、その場で厳しく叱りつけるのが当たり前である。
経済学や心理学では、学齢期以前の教育の重要性が指摘されている。
1960年代、スタンフォード大学で「マシュマロ・テスト」という実験が行われている。
4歳児を対象に、マシュマロを食べるのを我慢できたかどうかで、
子供たちをグループに分け、高校生になるまで追跡調査をした。
その結果、食べるのを我慢できた子供のほうが、成績のみならず、
対人関係スキルも優れていることがわかった。
人間は一般的に、現在得られる「いいこと」と、
将来得られる同様の「いいこと」を比較した場合、
将来得られる「いいこと」を割り引いて考える傾向がある。
これを「時間割引」といい、将来の「いいこと」を
どれだけ割り引いて考えるかを「時間割引率」と呼ぶ。
割引率が高いほど忍耐力は低く、割引率が低いほど忍耐力が高い。
この高低が消費行動や貯蓄行動に影響することは、
容易に想像のつくことだろう。
アメリカには、「タフ・ラブ」という言葉がある。
アルコール依存症の夫を更生させるために、
妻たちは、勇気を持って厳しく突き放すという苦しい決断を迫られた。
自助グループが50年代から使い始めた言葉だという。
私は、このタフ・ラブの考えに基づいたしつけ行動の実証研究を
続けている。大阪大学の大竹文雄教授らと共同で行った日米での
アンケート調査では、日米を比較すると、日本人の親のほうが
「甘やかし」が多くタフ・ラブが少ない。
また、時間割引率が低い(忍耐強い)親のほうが、
タフ・ラブの態度を取る傾向が強いことがわかった。
要するに、忍耐強い親ほど、現在の「いいこと」を我慢させて、
子供を「勇気を持って厳しく突き放す」わけだ。
ただし、このアンケート調査からは、
日米の親の間に時間割引率に関する差はほとんど見られなかった。
それでは、なぜ日本の親は子供を甘やかしがちなのか。
これはおそらく文化的な背景の影響だろうと考えられる。
日本の文化は「恥の文化」といわれる。
人間同士の関係性が重視され、善悪はその時々の関係性の中で
決まっていくため、倫理的な判断を含む世界観には確信を持ちにくい。
アンケート調査の結果でも、日本人の方がアメリカ人よりも確信度が低かった。
確信度が低いと、目の前の子供の苦しみをできるだけ和らげたいと考えがちだ。
また、苦難を過去の行いの結果と捉えがちな仏教的世界観に対し、
米国に多いキリスト教徒は、苦難に試練としての意味を見出す傾向がある。
試練と考えれば、子供の受ける現在の苦しみも、
長期的な利益のために許容しやすい。
文化の違いに優劣をつける必要はないが、
日本の文化には、子供を甘やかしがちになる傾向があるといえる。
将来のために、現在の苦しみをどれだけ許容できるか。
これはビジネスの世界にも求められることだろう。
確信のない人物は曖昧な態度を取りがちで、
明確なビジョンを示すのが苦手だ。
確信がなければ、部下に対してタフ・ラブの態度を取ることも難しく、
成長を促すこともできない。
リーダーシップを発揮できない人間が、
組織の中で出世していくのは難しいはずだ。
子供を厳しくしつけられるか否かは、出世と無縁ではないといえる。
慶應義塾大学教授
大垣昌夫
1988年、シカゴ大学経済学部博士課程修了。ロチェスター大学助教授、
オハイオ州立大学教授などを経て、2009年より現職。
例えば、
子供が目の前で転んだ時、すぐ駆け寄って起こしてあげるのではなく、
手を貸したい気持ちを抑えて自分の力で起き上がるのを見守る。
時に子供に問題があった場合、少し手を差し伸べてあとは見守る。
その苦しみは、子供の成長の糧となる。
自分に自信を持ち、子供の力を信じ信頼する事が大事だ。
厳しく躾けてるつもりではあるけど、
無意識に甘やかしたりしたことは無かったか?と自問自答。