愚者の行列が、草一本も生えぬ灰色の荒野を、鈴を鳴らしながら歩いていました。鈴はそれぞれの腰に結び付けられており、愚者は空高い月の光を浴びながら、水飴でもなめるように、しきりに口から舌を出しながら歩いていました。
老人がひとり、その様を家の窓から見ていました。その家には、少々魔法がかかっており、荒野にいる者には決してその家を見ることはできないのですが、その家の窓からはしっかりと荒野を見ることができるのでした。老人はもっている小さな磁器の器を、窓から外に突き出し、少し月光を汲んでから、それをお茶に入れて飲みました。荒野の月は、シナモンのきつい林檎茶のような味がしました。
老人の部屋には、一羽の白いオウムがいました。その目もくちばしも磨いた黒瑪瑙のようで、足には水晶の足輪をしていました。彼は老人の脇から窓の外をのぞき見て言いました。
「変わった行列ですね、見たこともない服を着てる」すると老人は、「どうやらだいぶ古い罪人のようだね」と答えました。
老人はお茶のカップを机の上に置くと、書棚の中から分厚い本を取り出し、ぱらぱらとめくりました。と、本の中のある一ページが、うす青い光をぼんやり放ちました。そのページを開いてみると、中で一つだけ、八文字の単語が青緑色に光っていました。老人は、「ほお…」と言いながら、眉を寄せました。「どうしたのですか」オウムは尋ねました。
「もう一万年は、ああして歩いているようだ。一万年前といえば、確か、とてもひどいことがあったんだよ。あの頃の人間は、神様のお気持ちも知らず、山ほど馬鹿なことをやっていたんだ」言いながら老人は本を書棚に戻し、窓のそばに戻りました。
「馬鹿なこととはなんです?」とオウムが尋ねました。老人は、「あそこにいる愚者はね、世界を三度滅ぼしたんだよ」と言いました。するとオウムは驚いて声をあげました。
「世界を三度も!? どうやったらそんなことができるんです?」老人は、答えました。
「遠い昔、神様が『世の救い』と名付けて世界の真ん中に植えた桃の木を、彼らは伐って、風呂釜の薪にしようとしたのだ。彼らは三度木を伐ろうとしたのだが、なぜか伐ろうとすると斧がそれをいやがり、三度とも、伐れなかったそうだ。」
「それだけですか?」
「その桃の木には、世界を愛する清い神がすんでいて、それがある限り人々は幸福に暮らせるというものであったそうだ。そういう神聖なものには高い魔法がかかっているものなんだよ。つまり人がその木を伐ろうとしただけで、伐ったことになり、すなわち世界を滅ぼしたことになってしまったのだ」
オウムは翼をバタバタさせながら窓から身を乗り出し、行列を見、それから空を見上げました。なんとも明るい月で、まるで白く燃えているようでした。「ちょっと見てきます」オウムはそう言って翼を広げ、窓から飛び出しました。
オウムは熱いとさえ感じる月光を浴びながら、藍色の空を旋回し、愚者の列に向かって低く降りてきました。すると愚者たちの行列はふと足をとめ、一斉にオウムを見上げました。ふうふうふう、ひやひやひやと、彼らはオウムを指さして笑いました。彼らの目も口腔も、まるで石炭をつめたように真っ黒でした。なにやら寒いものを感じ、オウムはあわてて老人のいる窓に向かいました。水晶の足輪をしていると、こちらからでもその窓を見ることができるのです。
あわてて帰ってきたオウムに、老人は言いました。
「愚者というのは、愚者というものであって、もう人間ではないのだ。あまりにも愚かなことをしすぎると、そうなってしまうんだよ」
一万年前の大昔、彼らが桃の木を伐ろうとしたのは、神々に嫉妬したからだそうでした。彼らは神々を世界から追い出そうと神殿を壊し、多くの人間を殺し、侮辱し、世界に凄惨な憎悪の嵐を呼んだのでした。そして彼らは暗闇の底あまりに深く落ち、愚者となって永遠に荒野をさまよわねばならなくなったのです。
「むごいですね。あの人たちは、許されることがあるでしょうか」オウムは聞いてみました。老人は、「さあ、永遠にも数種類あるからね。でもああして月の君が怒っている限り、許されることは無理だろうね」と、窓から月を見ながら言いました。
そして老人は月光のお茶を一息に飲み干すと、壁から一枚の絵を外すように、ゆっくりと窓を閉めました。
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