ふるさと!-秋田仙北平野を歩く-

ふるさと秋田の「仙北平野」をくまなく巡り歩き、その写真とエッセイを掲載します。

★旧仙北町横堀を往く-7②

2024年09月15日 | 旧仙北町を往く

<「八幡堂」の酒蔵跡>

●歩いた日:2024年9月4日(水)

●歩いた所

 ・板見内:一ツ森、弥兵衛谷地、大荒田、大面、荒堰、続橋、八幡堂、百目木、千刈田、長仙寺、北畑、二合田、二井関、刈又

 ・福 田:川原道下

 ・堀見内:穴沢

 ・払 田:荒堰、烏川  ※「払田」は「旧仙北町高梨」に属する。

 ・本堂城回:北館、館間 ※「本堂城回」は「旧千畑町千屋」に属する。

●歩いたログ(足跡)(道のり8.4km)

(以上の地図:国土地理院地図に加筆)

 (📸003から北東に進み)県道が右手にカーブし、大きな水路を越えたところで振り返る。

📸004:「弥兵衛谷地」の風景

 県道沿いに連なる「弥兵衛谷地」の家々である。「弥兵衛谷地」は県道沿いばかりでなく、県道から少し西側に離れたところにも家々が建ち、かなり大きな集落である。地名は「地名へのいざない」にもあるように、この地の開拓者の人名に由来するのだろうか。

 また県道を東に進む。国土地理院の地図には、この辺りの県道の南側に「善丁防」と記載されている。私が地名を調べている地図にはこの字名が出てこず、「大面(オオツラ)」となっている。なお、県道の北側は「板見内」の「荒堰」である。

 さらに行くと、県道は左に折れて延びており、まっすぐ東に向かう道は急に狭くなっている。県道が左に折れる角に、庚申塚が立ち、道祖神の大きなお面が道を睨みつけている。

📸005:「八幡堂」の一角

 右端が庚申塚、その隣のりっぱな祠にお面が収められている。その後ろには鉢植えの「マリーゴールド」や「ペチュニア」など、色とりどりの花が飾られている。気持ちのいい光景だ。

 道祖神と庚申塚の正面に立ってみる。

(「八幡堂」の道祖神と庚申塚)

 庚申塚は古いが、道祖神と台座はまだ新しい。県道の整備に伴って作り直したのだろうか。場所も少し移動したのかもしれない。

 道祖神をよく見ると祠が人の形に作られている。鍾馗様の姿を模したようだ。

 道祖神の角を左に折れて、県道を北に進む。少し行って、県道が右にカーブするところにコンクリート造りの建物がある。

(「荒堰」の一角)

 閉じられたゲートの脇に「大仙市仙北中央地区 簡易水道浄水場」とある。地下水を汲み上げて浄水をしているのだろう。
右奥にステンレス?張りの一風変わった建物が見える。貯水槽だろうか。

 浄水場の前を過ぎて県道を東に向かう。しかし、「板見内」の中心と思われる、右手前方の大きな集落の中を歩くには、道祖神から東にまっすぐ延びる細い道を行った方がよいと気付く。すぐ田んぼ中の道を南に進んでその道に出、改めて東に向かう。

 集落に入ってまもなく、道左手に塀を巡らせた大きな屋敷の中に歴史を感じさせる古い建物がある。

📸006:「八幡堂」の酒蔵跡

 もう使用されていないようだが風格を感じさせる建物で、右手の建物は蔵である。

 門柱奥の建物の玄関に「秋田川」と書かれた看板がかかる。造り酒屋だったようだ。 改めて調べてみると「出原酒造」とある。

 この後、「菅江真澄の道」の標柱に出会うが、その標柱には「出原氏居宅跡」とあり、「真澄」は肝煎を務めていた「出原氏宅」に逗留したことが書かれている。「出原氏」は江戸時代からの旧家であることがわかる。

(③に続く)

 


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