和歌山市街地ら国道24号線を地蔵の辻を過ぎて大阪に向けて進んで行くと「四箇郷一里塚」に辿り着く。
和歌山城の外堀に架かる京橋から一里(約4㎞)ごとに距離を示す目印として街道の両脇に造られた。
「四箇郷一里塚」は京橋を出発して初めての一里塚だ。
紀州藩初代藩主頼宜公も参勤交代で此の街道を江戸に向けて幾度となく通ったことであろう。
藩主たちも此の「四箇郷一里塚」でお見送り、お出迎えしたと伝えられる。
江戸に向けての旅立ちは此処から気を引き締めて・・・
田井ノ瀬から紀ノ川を渡り、雄ノ山峠を超えて中山宿迄歩かねば、今宵の宿には辿り着けない。
昭和40年(1965)頃の写真(和歌山市の文化財▪遺跡より)
いにしえの藁草履の足音がサッサッと聞こえてくるようだ。
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