誰の上にも青い空

実父と義父は要介護、弟は重度精神障害者。息子は小5→中3まで不登校、2024年春から高校生。飼い猫がカウンセラーです。

たからもの・土日のお祭り、平日の静寂(2021年11月下旬)

2021-11-24 10:08:24 | たからもの(不登校)
息子が中学校を完全不登校になって2カ月以上経過

11月に入り、友達に「平日は遊びに来ないように...」と伝えたようだ

その通り、友達は月~金は全く来なくなった

祝日も来なくなった


それでも土日は我が家に友達が集まる


※この日は女子2名も遊びに来た、みんなマスク姿でゲームをしている

 この写真には写っていないが他の部屋に3人の友達がいる

 →いったい何人いるねん???


ボクが「写真撮るよ~!ハイ、チーズ」と呼びかけると振り向いてくれた



玄関はこうなる↓


※子だくさん家族かぁ!?という賑わいだ(玄関の壁が汚くてゴメンナサイ)


友達にとって、我が家は息抜きの場になっているのだろうか...

近年は親の方針で

「絶対に友達を家に入れない」という家庭が増えているそうだ

防犯のためだろうか?


我が家は、正反対に「いつでも誰でもWelcome」なので

遊びに来やすい...ということもあるだろう



土日はお祭り騒ぎの反面、平日は静寂に包まれる


※ネコの気持ち「眩しいよ~、眠らせてくれよ~!!」


平日の源次郎はつまらなそうに見える

友達に会いたければ、学校に行けばいいのだが...


平日は、学校から配布されたノートパソコンを使い

オンラインで朝と帰りのホームルームに参加している

とても現代的な光景だ


パソコンに教室が映し出され

リアルタイムで担任の先生や生徒たちの声が聞こえる

源次郎は画面を観て聴いているだけ


教室の担任や生徒にも源次郎の姿が映し出されているのであろう

時々、担任から源次郎に声がかかることもあるが

いつも返事をしない

朝と帰りの10分間だけ、リモートで学校と繋がる


先日、友達に「中間テスト受けに行くよ」と源次郎は言っていた

(2学期制=前後期制なので年末に中間テスト、来年に期末テスト)

何も勉強はしていないのだが、源次郎なりに考えがあるのだろう

中間・期末テストだけに行かなくてはならない...

という気持ちがあるのか?


毎週金曜日夜に担任がその1週間に学習した全教科のプリントと

次週の時間割表を届けてくれる(お手数おかけしています...)

源次郎は一切プリントには手を付けない

全く学習していないので学力レベルは小学4~5年生で止まったままだ


心配ではあるが

登校・勉強の事には触れないでいる


ただ、平日つまらなそうにいていることが

ボクに不安を与えてしまう


現在のボクは無職なので

買い物、通院、ハローワークに出かける以外

毎日一緒にいる

昼食メニューを考えるのが大変(源次郎はいつも朝は食べない)


※ある日の昼食...ホットサンド...簡単に出来て源次郎も大好き


※具材はハム・チーズ・ポテサラのみ...源次郎曰く、飲み物は牛乳が合うという


オトーも悩んでいるし

源次郎も悩んでいるのだ


さて、今日の昼はモヤシたっぷりのラーメンを作ろうかな

チャーシュー、味玉もトッピングしてあげよう(#^.^#)

病気療養、道は長そう(追記あり)

2021-11-15 09:38:47 | 日記
先週の火曜日に内科クリニックへかかり

総合病院の泌尿器科への紹介状を書いて頂いた



翌日(水曜日)、病院へ行き泌尿器科を受診した

血液検査、エコー検査、尿検査、残尿量測定を行った

この頃にはすっかり熱も無く体が落ち着いていた


そのためか、大きな所見は見られずに

前立腺肥大の診断はつかなかった


血液検査と尿検査は

その日に分かるデータと1週間後に分かるデータがあるという事で

翌週に再診の予約を行い帰宅した

急性前立腺炎の対処として抗生剤のみ処方された



※2013年10月、北海道十勝平野の夕陽を望む(車の助手席より撮影)


翌日の木曜日の夕方から再び悪寒がして

38.6度の熱が出た

金曜日午前中に総合病院の発熱外来を受診した


新型コロナの検査、この病院ではPCR検査ではなく

LAMP法と呼ばれる検査を行った

内科クリニックで行った時と同様に鼻に細い綿棒状のものを

鼻腔奥まで入れて粘膜を採取された


PCRもLAMPも手法は同じだったが

前者は結果が翌日だったのに対し

後者は検査後2時間ほどで結果が出るという

帰宅して昼には電話がかかってきて「陰性です」との事だった


連絡を受けた後に、再び激しい尿意が起こり

何度もトイレに行くことになった

なかなか排尿できないし、常に残尿感がある

一日中落ち着かないので、外出するのは難しい



※2012年10月、草原に落ちたナナカマドの実(北海道旭川市内の公園にて)


翌日の土曜日は総合病院は休診日なので

泌尿器科クリニックへ行った

尿検査、エコー検査をすると

残尿量180cc

前立腺は通常2cmなのが4cmまで肥大していると医師から告げられた

急性前立腺炎及び前立腺肥大症の所見があった


すぐに抗生剤の点滴をすることになった

15分ほどかけて100mlの点滴を終えた

排尿障害改善薬が処方された


帰宅後も強い尿意(漏れそうなくらい)が何度もあり

その都度トイレに駆け込むような事になった

日曜日は起きている間に20回はトイレに行ったと思う

外出したら漏らしてしまいそうだ


※2013年10月、北海道中標津町で見かけた虹(車の助手席より撮影)


落ち着かないので、外出できない

発熱の日よりも、その後遅れて排尿障害が起こる

現在、抗生剤と排尿障害の内服薬は飲んでいるが

まだ効果は出ていない


ここで、あることに気が付いた

心療内科の主治医に何度か「おしっこの出は変わりありませんか?」

と聞かれたことがあったことを


心療内科で貰っていた薬を全て調べてみたら

抗うつ薬、睡眠薬のうち3種類の薬で

副作用が「前立腺肥大」や「頻尿」というものが見つかった

10年以上も飲んできた薬の影響も考えられる


次回の心療内科の診察時に薬を大幅に変更しなければならない

しかし、尿意が起きるのが頻繁なので

現在の状態だと

都内にある心療内科まで出かけるのが困難だ


日曜日から抗うつ薬と睡眠薬で副作用があるものを止めたが

月曜日の今日はその効果はまだ表れていない

まだ、病気療養には月日がかかりそうだ...


※2013年10月、強風の吹き荒れる大地に立つ(北海道美幌峠展望台にて)


黄色の少年→現在中学1年生(源次郎)

赤の少女→現在高校1年生

ピンクのお姉さん→現在大学2年生


赤とピンクは源次郎の従妹



あぁ...時が流れるのが早すぎる...



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追記です



朝、この記事を書いた後

勇気を振り絞って???

本日往復2時間半かけて、心療内科へ行ってきた


少し無理をしてでも行かなければならないと思ったから

それとハローワークへ「主治医の意見書」という書類を

少しでも早く提出しなければならないので...


主治医に3種類の薬の副作用が

前立腺肥大、頻尿となっているので

他の薬に変更できるか聞いてみた


主治医は、そのうちの1種類(副作用:頻尿)は中止

他2種類(副作用:前立腺肥大)は減薬という措置をとった

減薬→半錠にするということ


一度に薬を変更することは良くないらしい

うつ状態の悪化をもたらす可能性があるという


半錠にするのは、ピルカッターという道具を使うと

上手に割れるようで調剤薬局の薬剤師さんに聞いたら

ここでは売っていませんが大きなドラッグストアか

Amazonで手に入りますよと言っていた


帰宅途中、大手チェーンのドラッグストアに寄って

店員さんに聞いてみたが「扱っておりません」と言われ

トイレも近い(マジヤバです)ので速攻家に帰った

帰宅後、Amazonでポチった...600円台だった...意外と安い

明日には届くみたい


早く頻尿生活から解放されたいなぁ...(>_<)


近況のご報告です

2021-11-04 14:00:13 | 日記
皆さま、大変御無沙汰しております。
現在は父親だけでなく、自分自身も病気療養中となりました。


そして、再び無職の身となりました。


千葉と神奈川の往復で疲弊していたため
夏の終わりごろから、体調が思わしくありませんでした。

看護助手の仕事は、とても充実したものでした。
子ども達も愛らしくて、やりがいもありました。

普段の遠距離通勤+月曜日は千葉の実家から神奈川への早朝通勤
(土日は実家泊まり→父が元気になるにつれて再び兄との衝突が増えてきた)

時々、自分の心療内科・弟の病院へ入院費の支払いや役所への手続きなど
弟は役所での手続きが年に何度もある。
平日の休みを利用して実家に来るし役所にも行く。

兄は多忙で朝5時台には家を出て、夜8時に帰宅の毎日。
(3週に1度ぐらいのペースで土曜に休めるみたい)

背負うものが重い日々が続きました。



そこへ職場関係の話で、看護部が推し進める
突然の看護助手「夜勤+土日祝の勤務」導入です。

これはとても強引なものに感じました。
何が何でも11月1日から始める、との前提(というよりも命令)でした。
看護助手のベテランの一人が
「人手不足の現状と導入後の業務内容」の話し合いの場を設けることにしました。
看護部の上層部の方と看護助手のメンバ-で会議がありました。

看護助手側は
人を増やさずに夜勤を行うことへの不満
給与は現状のまま固定
日中の人数が手薄になり激務になる
既に9月中旬になるのに業務内容が未決定だ
などと訴えました。

ボクもベテランの方に「とちかさん意見はありませんか?今のうち言いたい事聞きたい事を伝えて下さい」と言われて

看護部がどうしてそんなに急ぐのか理解できないボクは

「11月1日から始めることは揺るがないのでしょうか?」
「準備期間、移行期間、試行期間などを設けることや区切りの良い来春4月1日からでは不都合なのでしょうか?」と述べました。

看護部側は「開始期日は決定事項です」と即答しただけでした。
聞き流されただけでした。
そして「みなさんの意見を聞きました、忙しいのでこれで会議を終わります」
と何も決まることのない会議???は強制的に終わらされました。

それから1週間後に人事異動が発表されました。
何とその会議の中で意見を述べた全員が病棟異動の対象になっていました。
これは「看護部に意見する看護助手に制裁を加える」という報復人事そのものでした。

もちろん意見を述べたボクも異動者の一人になっており
看護部から危険分子扱いとなりました。
10月いっぱいで小児科病棟からサヨナラです。

テレビドラマなどで描かれる「報復人事」というのを初めて経験しました。
職場から信頼されていない証です。
とても残念であり、その後の体調を悪化させる火種が大きくなりました。



丁度その頃に、息子の中学校で3者面談があり
この日は通うであろうと思っていた息子は面談を断り
親と担任の2者面談となりました。

息子に「オトーやオカーは源次郎が思っているほど長くは生きないから、心配なんだよ」そう言ったら

源次郎は「もしオトーとオカーが2人とも死んじゃったら、源次郎も死ぬからいい!」


何かフワっと力が抜けていくような...

何かがプツっと切れたような...

過去にも辛い時に経験した事がある...そんな感覚がありました。


父親、兄、弟、息子、仕事
自分の中で歯車が壊れていきました。

うつが酷くなり、声を出すのが難しくなってきました。
頭の回転も弱くなってきました。
悪いことしか考えられなくなってしまいました。

昨年末、やっとの思いで掴んだ職場でしたが
10月末で退職しました。



退職翌日(土曜日)の朝、高熱があり近所の内科クリニックへかかりました。
このご時世なのでPCR検査(結果は翌日電話連絡)を行い、解熱剤を処方されました。
診察の帰りに、これまでに感じたことのない激しい尿意がありました。
(今にも漏らしてしまいそうな緊迫した尿意です)

帰宅後、解熱剤を内服するも熱はさらに上がり続け40度に達しました。
水分を摂取し、おかゆを食べて過ごしました。
とても頻尿になりましたが、量は出ずに残尿感が残ったままです。

翌日(日曜日)、発熱の他に頭痛も酷くなりました。
やはり40度の熱が続いています。
あらゆる動作が辛かったです。
夕方、PCR検査結果は陰性であるとの連絡がクリニックからきました。
この日も前日同様汗が出ずに、凍えるほどの寒気が体を襲いました。
安静にしていることも楽ではありませんでした。

月曜日、朝にお風呂を43度と熱めに沸かして入りました。
すると、これまでに全く出ていなかった汗が大量に吹き出しました。
汗をかいたおかげか、熱が37度台に下がりました。だいぶ楽になりました。
夕方にもう一度43度の湯船に浸かりました。
再び汗をかいて熱も落ち着きだしました。
頻尿は収まりましたが、排尿前後に違和感があります。

火曜日、熱はありません。36.5度。解熱剤は不要となりました。
朝、42度のお風呂に入りました。だいぶスッキリしました。
やっと外出できそうなので再度近所の内科クリニックへかかりました。
最初の診察の時は排尿時の違和感が無かったのでそれを医師に伝えたところ
血液検査と尿検査をすることに。
炎症反応のCRP値が15.3(基準値0.3以下)ということが判明しました。

「高熱を出す場合、急性前立腺炎の疑いが考えられます」とのことで
1週間分の抗生剤が処方されました。

「この日の血液検査は簡易検査です。より詳しく調べるので1週間後に再診してください」と言われました。それと、次回泌尿器科に紹介状を書いてもらう予定となっています。

抗生剤で細菌に対処し、頻尿になってでも水分を摂取して膀胱から尿道内を尿で洗い流すそうです。頻尿が嫌だからと我慢して脱水になる患者も多いと言われました。

来週の火曜日の再受診までは家で安静に過ごします。
急性前立腺炎の治療は今年いっぱいかかる見込みです。
尿の出が悪い...前立腺肥大症も診断されそう...治療はさらに長くなりそうです。


発熱=風邪?コロナ?インフルエンザ?と普通は考えてしまいますが
まさか急性前立腺炎とは。入院で治療する場合が多いらしいです。
我が家はコロナを恐れて、ボクだけ土日2日間は和室に籠って生活しました。
息子の友達にも土日遊べないことをLINEで伝えてもらいました。



小児科病棟での勤務は素晴らしいものでした。
子ども達に癒されながらの仕事はいい経験をさせて頂きました。
誰も恨んでいません。
だけど、退職してよかったのだとも考えています。

ボクは心身ともに病気になって、通勤も出来なくなったのだから。
まさか勤務最終日の翌日に発熱するとは。
それから何日も動けなくなるとは。

最終日まで何事も無く働けて、身体の限界ギリギリ間に合った。
ラッキーだった、そう思っています。

夜勤が始まって、突然1週間以上も休むことは
他の看護助手たちに多大な迷惑をかけてしまった事でしょう。
しかも異動したばかりの環境で。

睡眠障害もあるし、不規則な勤務には耐えられなかったであろうと思います。


楓の彩り 2013年10月中旬、北海道中標津町にて(亡き義母の実家付近)



今、源次郎はスマホゲームをして遊んでいます。
9月の期末試験以降、完全不登校。



ボクは、いつ頃安静から自由に動けるようになるのだろう。
今週は排尿に難があるため出来るだけ外出は控えています。
内科クリニック、役所、ハローワークは徒歩圏内です。
心療内科だけは都内なので遠いです。



また仕事を探さなくてはいけないし...



あ~写真撮りに行きたい...



あと、もう一つラッキーなこと
皆さまのブログをゆっくり訪問できることですね(#^.^#)



長文にお付き合い頂きありがとうございました。