昔ですが、一時話題になったことがあります。
グラハム⋅ハンコックという人が、「神々の指紋(しもん)」という本を書いてくれています。(私は漫画になったものを読みました。)
これらの文明は、現代と同じくらい(科学)技術が発達したのだといいます。
しかし、技術への過信が、心の価値への軽視となるのはよくわかります。
今と同じです。
技術の進歩が、すべてを解決すると過信してしまったのでしょう。
未成熟なものが、霊的成熟のないものが。巨大な力をもったら、どんな結果を生むのか、火を見るよりあきらかです。
この仮説がそれなりの真理をふくんでいるとするならば、とても現代の状況に酷似(こくじ)しています。
そして、この二つの文明は、あとかたもなく消滅し、そして、すべてを失います。
ほんのかすかな痕跡(こんせき)だけを残して…
だいぶ昔になりますが、イエス・キリストの聖母として信仰の対象であるマリアが、世界各地に出現し、大きな話題となったことがありました。
古くは、フランスのルルドの貧しい粉引(こなひ)きの娘で、学(がく)もない一少女のまえに、聖母が現れます。それにより少女は、人々に奇跡の泉をもたらすことになります。
ある時私は、図書館で一冊の本を手に取ります。
「マリアのメッセージ」という本です。
内容は、聖母マリアがきたるべき地球の大異変(だいいへん)を予言し、それに対し人々が準備するよう、そのことを促(うなが)す内容です。
予言が当たっているのかどうか。
予言の項目は多岐(たき)にわたっていますし、時間、時代を超える内容もあるかと考えますと、一概(いちがい)に言いきることはできません。
短期的な日付(ひづけ)をいれた予言は当たり、地球に大異変がおこると予言している部分ははずれています。
ただ、予言の主旨や信仰の項目など、大筋をたどれば、まちがったことはいってないなと、私は考えております。