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時の関守

これからを生きるきみへ (10) 最後に伝えたいこと Ⅲ

きみに伝えたい最後のこと。
僕は人生の前半部分、お世辞(せじ)にも立派に生きたとは言えません。
いろんなところで、迷いに迷いました。
後半部分は、少し持ち直しましたが、満足のいくものではありません。
ただ、(人生の後半部分からは)一つのことについて、ずっと変わらず考え続けていました。

何かわからないけれど、とても重要な気がしたこと。
たましいについて、考え続けていました。
材料はたくさんありました。
「たましい」とは、この日本において、これほどメジャーで、これほど(深く)知られていないこと(言葉)は他にありません。
きっと、(これは私の推測ですが)日本人の心の奥に深く浸透していて、でも、これほどまでに、掘りきられていない(意識の上にのぼっていない)ものは他にないでしょう。

私は、(信仰の師匠である)叔父に聞いたことがあります。
「たましいということが、よくわからないのだけれど…」
叔父はこう答えました。
「たましいということを考えるのであれば、例えば、お前の奥さんとの間に、たましいの絆(きずな)といえるようなものが、あるんじゃないのか?」と。

その言葉が、今から考えると、突破口になりました。
自分の奥さんのことを、よくよく考えてみると、ほんとうに偶然に出会って、結婚したとは考えづらくなりました。

私のこの生は、奥さんと出会うべくして出会い、彼女と人生を共にすることが必要だったとわかりました。
(これは、のろけているとか、そういう意味でないことは、わかってくださると思うのですが…)
いくつか理由がありますが、ここでは書きません。

ですから、結婚とは、(もし、結婚に至ったのであれば、誰もが無意識であったとしても、意識的であったとしても、たましいが選んだ)運命の出会いなのだと思います。
ただ、それは残念ながら、ロマンチックな意味ではありません。
それでも、そのことは、それよりも、もっと大切で、深い意味をもっていることも確かなことだと思います。

これからを生きるきみへ(あなたへ )1~10は、これで終わります。長いあいだお付き合いいただき、ありがとうございました。
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