最近は、自分の人生の最終章の設計をするとか「しまい方」とか、
そういうことを書いた本が出ていますし、核家族だの独居老人だのの今、
生きているうちに、自分の身の始末のこととか葬儀のこととか、決める人も多いそうです。
家族、家という単位で暮らしていた昔と違ってきていますからねぇ。
以前、新聞で「永代墓」というものの紹介があり、子供がちゃんといる人でも、
子供に迷惑かけたくない…という思いから、墓守の必要のないそのお墓を買う人がいるわけで。
ある種寂しいことだというキモチはあります。
その子供の子供、つまり孫に「ここはおじいちゃんやそのまたおじいちゃんたちがね…」
というような、命のつながりを感じるお話しをしたりとか、お盆だのお彼岸だのという、
昔ながらの先祖や親に感謝する機会が減ったり、感情が薄まったりするのは、寂しいなぁとか。
それでも、実際葬儀やその後の墓参りだのが不可能な人が増えていることも確かです。
心のつながりは、消えるわけではないのだから、そういう方法もまたいいのかもしれないですね。
自分の後始末、自分の葬儀…ということについては、私は以前から考えています。
まだまとまってませんけどね。元々そんなに大げさなことをしてほしいというのはないのですが、
今回母の祭壇を見て、いいなぁと思ったわけです。
葬儀の写真なので、申し訳ないのですが、こんなでした。
ラインになっている白いボールみたいに見えるのは、ほんとにまん丸の菊、かわいかったです。
祭壇の左右が花籠(供花)のおき場所で、たくさん送っていただいたので、
二段にして祭壇を囲んでもらいました。見えているのは喪主である父のもの。
白いのは菊ではなく八重咲きの大きなトルコ桔梗です。
このお花も洋花中心のものと、昔ながらの菊とゆり中心の和花がありますが、
ほとんど洋花でまとまりました。
この下の前に「お棺」があります。お棺に飾るブーケも頼みました。
写真の下の真ん中あたりにチロッと白いものが見えているのが、そのブーケの「ゆり」です。
更にそのお棺の前に、お坊さんがお経を上げる、リッパな台があります。
普通、祭壇にしてしまうと、お棺もその中にはいってしまうのですが、
この「自由祭壇」では、お棺が祭壇の前に来るので、いつでも小窓をあけられ、
お通夜に来てくださった方にも、おわかれを直接していただけました。
遠くから来てくれた母の友人は、お通夜しかこられないので、
顔は見られないと思っていたから嬉しい、と母に話しかけてくれていました。
以前友人のお子さんが難病でなくなったときの葬儀では、お棺は奥の一段高いところにあって花で飾られ、
その手前に台を置いて、花の間にたくさんの彼の写真が飾られていました。
生まれたときから18年間の、いろんな一枚ずつです。音楽葬ということで、進行係の思い出を綴るお話と、
彼の好きだった曲や両親の好きな曲などが、ずっと流れていました。
いろんな葬儀がありますよね。
宗教のこともありますから、何でもいいじゃんはありませんが、
「身の始末」を考えることは、縁起でもないことではなく、お片づけのひとつとして、
ある程度の年齢になったら、考えておくべきことだと思いました。
生前葬まではなぁ…と思いますが、
やはり考えておかないととは思います。
主人とどちらが後に残るか分かりませんが
私が先なら主人が困るし、
こっちが残ったら、周囲が困るし…。
我が家は一人っ子同士ですからねぇ。
私は父親似でして、若いころは母の顔立ちに
にたかったと、よく思いました。
娘が言うのもなんですが、美人でした。
お葬式は約束事も多いですが、
自分らしいものを、なんて思いますね。
あります。まったく考えない訳ではないの
ですが、とりあえずは長患いしたくない、
死期が早まっても痛みだけは取り除いて
ほしいと思うぐらいで、亡くなった後の事は
余程細かく指示しておかないと・・・と
思います。
葬儀屋さんと細かく打合せして、契約している
という事もテレビでみました。
一人になったら、そう言う事も考えなければ
ならないのかと、ため息が出ます。
お花がいっぱいの祭壇は、やっぱり華やか
綺麗でいいですね。
一度もお会いしたことがないのに、悲しみが伝わってきます。
でもとてもきれいな祭壇で、透明な悲しみ、というような。お母様の写真、遠目ですがとても美しい方だったのだなと思いました。
フェノミナンという映画で、無くなった人をしのんでパーティをしているのが印象的でした。みんな静かにほほ笑みながら飲食して、語り合っていましたっけ。
それを小さなフォトフレームの中の主人公の遺影が見守っているような。
日本でもそういう葬儀が広まってきているのでしょうかね。。。