のち
昨日、ある方から「斡旋の才」という言葉を聞きました。
幕末の志士、水天宮の真木和泉の言葉でいくら頭が良くて、知識があっても
それを人のために役立てないのは駄目な人だということらしい。
真木和泉が本当に書き記したものかどうかは、
自分ではまだ確認が取れていないと
言ってらしゃったのでネットで調べてみました。
「斡旋の才」で検索すると44件ヒット。
その中の一文です。
安岡正篤著『東洋人物学』に、幕末の志士、真木和泉の一文が引用されている。
「此にいふ才は斡旋の才といふて人事をなす才なり。いかばかり善き人にても、いか程の徳ありても、人として此斡旋の才なきものは世の用にたつことなく無用物なり。たとひ無学にても此斡旋の才あるものは何事にあたりても功をなし用立つなり」
う~ん。考えさせられる言葉ですね。
昨日、ある方から「斡旋の才」という言葉を聞きました。
幕末の志士、水天宮の真木和泉の言葉でいくら頭が良くて、知識があっても
それを人のために役立てないのは駄目な人だということらしい。
真木和泉が本当に書き記したものかどうかは、
自分ではまだ確認が取れていないと
言ってらしゃったのでネットで調べてみました。
「斡旋の才」で検索すると44件ヒット。
その中の一文です。
安岡正篤著『東洋人物学』に、幕末の志士、真木和泉の一文が引用されている。
「此にいふ才は斡旋の才といふて人事をなす才なり。いかばかり善き人にても、いか程の徳ありても、人として此斡旋の才なきものは世の用にたつことなく無用物なり。たとひ無学にても此斡旋の才あるものは何事にあたりても功をなし用立つなり」
う~ん。考えさせられる言葉ですね。