南部吟遊詩人の写真館

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三戸城跡に行ってきました。

2021年06月08日 05時07分15秒 | 岩手のお城巡り
三戸町は青森県なのですが、もともと南部氏の拠点として栄えた場所でした。
その中心であった三戸城は「城山」と呼ばれ、町はそこを中心に発展しました。

そんなわけで、三戸城は街中の独立峰が城として整備された「平山城」の様相を持っています。

入口です。


この地図を見ればわかるように、一つの山がまるまる城になっています。
けっこう規模がでかいです。


廃城になってから相当経ちますが、石垣の跡が残ります。


「御成門」(たぶん城の正門)が復元されています。


入口に当たる箇所には土盛が…?あれ?門は???


え??そっち?


こっちのようですね。


お、案内板を発見。見てみましょう。


なるほど、こうなっているのか~~。

ヘアピンカーブを二つ曲がらないと城内にすすめないのですね~~。

エグっ!!!!(*´Д`)
しかも門の周りにご丁寧な武者だまりが二つも。
これは守城側は兵士や武器を門の周りに十分に配置できるっっっ!!!
この門に着く前に攻城側は多くの兵士を失うし、

この門を攻撃するときにも背後から攻撃されるという、

まさに「地獄の門」っっっ!!!!

えげつないわ~三戸城。


今は武者だまりも林の中。


そして、次の門にも容赦ない虎口が設定されている…。えげつねえ~~(*´Д`)


こちら、正面側の廓。おそらくここにも櫓や塀があって、防御も固められていたでしょうね…。


御成門、すごいっす。でも平時には移動しづらくて仕方ないでしょうね。


ちなみに今は車道が山腹にあるので、車で上まで上がれます。(道幅はすごく狭いけど。)

そして、山上にはもちろん本丸跡があるわけです。


今は駐車場とか、公園になっていますけどね。

この駐車場の左下のだだっ広い廓跡に遊具の豊富な公園と、イベント広場が整備されています。
(写真わすれました。ごめんなさい)


本丸跡には門の跡が。


ここも道がクランク状に配置されていますね。どんだけ防備を固めるのでしょう。


今は、駐車場が整備され、休憩所やら資料館やら、あとは…お決まりの神社とかあります。




もう1回ここで全体図が見られますね。

これを見るとわかりやすいですが、一つの山がまるまる要塞化したのが三戸城です。
山頂を平らにならして幾つもの廓を配備して、まさに全山要塞、難攻不落といった感じです。

こっちが、古城図。周囲は崖。北側に川。これはいい土地をみつけたもんです。


この辺が一帯は城だったんですね…。


ただ、この三戸城が戦に使われた経歴はなく、南部氏が盛岡に移ってからは1680年ごろに廃城になってしまったそうです。
まあ、使われないのがいちばんですがね…。




【撮影日:2021/3/30】

[リンク]
三戸城Wikipedia

三戸町HP

桜の時期に来るのもいいかもしれませんね~(*´▽`*)







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