本陣石井家の前からウォーキングを再開します。
黄色の線に沿ってウォーキングをします。
今、本陣石井家を見学して出て来たところです。
現存する建物は、江戸時代中期から後期に建てられたものを、改築、修復されて今にいたっているそうです。
本陣は、参勤交代する大名を泊める宿です。
参勤交代は、大名が、一年おきに江戸と領地を往復しなければなりません。その費用は莫大なもので、1回江戸に来るのに、現在で換算すると数億円と使ったみたいです。
大名は財政が圧迫されますが、宿場町は栄えました。
石井家の前の通りを東へゆっくりと歩きました。
間口が狭く奥行きが長い「うなぎの寝床」と呼ばれる地割りの町屋が並んでいます。
町の中央部にやって来ました。
「矢掛屋」です。400年の歴史を持つ古民家を改修して、素晴らしい宿泊施設にしているらしいです。
中を見てみたいと思いました。
ここから東へ少しいくと、「やかげ町屋交流館」がありました。
「旧谷山邸」を再生して、地域の人や、観光客の休憩場所と、集える所に使っています。
「清邦庵」。和菓子の老舗です。清邦庵は屋号です。
なまこ壁。壁に平瓦を並べ、継ぎ目に漆喰を使ったもの。
虫籠窓。虫籠を思わせます。多様なデザインが素敵ですね。
町屋の屋根は、山形が道路の方へ向いているのが「妻入り」、直線部分が道路と平行になっているのが「平入り」と呼びます。
ここは、「妻入り」のそろいぶみですね。
「満天茶屋」。カフェ、喫茶、菓子工房。
町屋の建築年代は、4割が明治期以前のものだそうです。
本瓦葺き、白漆喰壁の重厚なものが多数見られます。
少し歩くと、次の風景が飛び込んで来ました。まさに、歴史、文化の「博物館」のような雰囲気です。
この先へ進みます。
「高草酒店」
東へさらに進むと、「脇本陣 高草家」がありました。
脇本陣は、大名に次ぐ家老などが泊まったところです。
高草家は、代々、金融業を営んできました。5つの蔵があります。
本陣、脇本陣がともに国の重要文化財に指定されているのは矢掛だけだそうです。
ここから西へ戻り、「専教寺」を目指します。
専教寺へ向かって、この通りから、右へ曲がって小路へ入りました。「専教寺小路」と言います。
専教寺小路をふりかえった風景です。
専教寺に着きました。
この寺は「臥龍の松」で有名です。
樹齢300年の黒松の枝の一本が北へ向かって16mも伸びており、龍が優雅に眠っているように見えることから名付けられました。
そろそろ、帰りの電車の時刻が近づいてきたので、駅へ急ぎます。
うまく、電車に間に合い、ここから清音まで行きます。
矢掛の次の駅は三谷。三谷から次の備中呉妹駅へ向かう途中の電車の先頭から見た風景です。
高架を走っている電車からの景色が楽しいと思って、先頭で「小学生」のような気持ちになりました。
清音に着き、伯備線に乗り換え、岡山を経由して、播州赤穂に帰りました。
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