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支流からの眺め

世の動きは力が決める(3)情念の力

 恐怖以外の個人の行動の動機を考察するには、マズローの欲求段階説が参考となる(科学的検証が不十分、西欧的価値観が強いなどの批判もあるが)。曰く、人間の欲求には、下層から、生理的欲求(生存のための欲求)、安全の欲求(危険から身を守る欲求)、社会的欲求(仲間を得る欲求)、承認の欲求(他者から認められる欲求)、自己実現の欲求(自分らしく生きる欲求)の5段階があり、更にその上に自己超越の欲求(自己を越えた理念を実現する欲求)があるという。

 筆者なりに整理すれば、身体的な快感(食欲の充足や五感の快刺激)、心身の安全・安寧(危険や争い事の回避、仲間との親密・共感)、世俗の成功(財産、地位、権力)、自己の効用(他者からの承認・感謝・尊敬、勝利、名誉)、理想の達成(自由、平等、人道、平和)などが複合的に欲求を形成し、生きる力となっていると見える。但し、その生きる力は、恐怖以外の、嫌悪、虚栄、劣等感、嫉妬、怨恨、憤怒、復讐などの陰の感情・情念によって強く後押しされることがある。

 前号のブログのように、恐怖や恐怖への不安は、心身の快感や安全を脅かし、人心を強く支配する。陰の情念も同様に関与する。例えば、世俗の成功には嫉妬や怨恨が、自己の効用には虚栄や劣等感が、理想の達成には嫌悪や復讐が、それぞれ背後の力となり得る。つまり、求めるものだけでなく、それを自分は果たせていないこと・他人は果たしていることに対して抱く陰の情念も力となる。しかも、陰の情念はしばしば共鳴し自己肥大する。

 口語風に言えば、恐怖・不安は、怖い・痛い目にあわされる・想像するだけで震える、などである。他の情念は、気に食わない・嫌だ、自分の方が偉いはず・失点を取り返したい、自分が馬鹿にされている・自分をこうした社会が悪い、妬ましい・奴らが不幸になればいい、侮辱された・根に持ち続ける、憎い・許せない、仕返ししてやる・思い知らせてやる、などと言いかえられる。こうした気持ちは口外しにくいし、自分でも認めたくないので、陰に隠れてしまう。

 恐怖や情念の持つ力は強いが、一方で脆い。恐怖で統率された団体は、団結力が強くとも指導者は敬愛されず、緩めば一気に崩壊する。革命を支えた富裕層への嫉妬は、社会の転覆は果たせても、革命後を創造できない。嫌悪からの組織批判は、組織員の一時的な賛同を得るが、建設的な活動につながらない。虚栄から批判ばかりする野党は、政権担当能力を欠く。真に世を動かす力になるは、表向きの言い分の陰に隠れた情念が相当程度に放散・中和されていることが条件となろう。

 歴史を変えた自由主義や共産主義にも、こうした情念が隠れている。理想の社会を追求すればするほど、現実は理想から遠のく。今の世を席巻する社会的な運動(地球温暖化に対するCO2削減、SDGs、ハラスメントなど)も、これらの情念の毒を含んでいる。しかし、情念を完全に取り除けば世を変える力にはなれない。人が煩悩から解脱できない以上、情念の桎梏からは逃れられない運命にある。塩味は欠かせないが、隠し味として加えることが肝要なのであろう。

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