<伊良部に行く高速船とすれ違った。船の軌跡。画面に波の水滴がついている。>
さくらメールの季節は終わったということがお判りにならない人がいたみたいだ。これまでずっとこういうやり方で原発を推し進めてきたのだから愕くことはないが、何とも空気の読めない人たちだ。ただ、こんどのことがすんなり公になったわけではないらしい。メール問題の内部告発をはじめはすべてのメディアが無視したらしい。「世論作り」の現場を見る思いがする。
10日に「新世紀の安全保障体制を確立する)議員の会(代表幹事・前原誠司前外相)の9人が下地島を視察にきた。前日、反対声明を出した労組や宮古平和運動連絡協議会のメンバーが朝から下地島に渡り、空港前などで抗議行動をした。星野さんと私は、昼前から後を追ったが、着いたときは終わりかけていて、すぐにフェーリでとんぼ返り、市役所前の集会に参加した。
組合の若い人も元気がよくて頼もしいが、「おじさん」たちも頑張っていたな。若き日の血が騒ぐというやつか。私も同年代なんだけれど、遅れてきた何とか、か。
議員団と下地敏彦宮古島市長との会見は一時間以上に及んだ。きのうが新聞の休刊日で、きょうの記事を読んでみると、意外とはっきりものを言っている。下地幹朗(国民新党・幹事長)が表向き言っているところに沿っている。しかし、下地市長は自衛隊誘致派だ(と思われている)し、仲井真さんも普天間辺野古移設を容認し、選挙のために反対の回った人なのだから、日本もアメリカも、もしかして県民も市民も、いつかはきっとまた、と思っているのだ。
議員団との会見後,下地市長が鳴らしたという警鐘「屋良覚書を確固たるものとして、絶対揺らがないとの認識でいかないと、とんでもないことになる」は、そのまま市長にお返ししよう(普)
宮古島市役所を出る前原前外相