こんなに夫婦の妥協が早いのは、英次が体だけでも元気なのがせめてもの救いと絶えず慰めあったからだった。徹底的な痛手とならなければ、徹底的な意思の疎通を欠くままにいれる、おかげなのだろう。雄吉はちらりそう考えては、妙子の変化にぬかりなくいそいそと従っていた。・・・そういえば朝刊紙に向かった時、雄吉の目が社会面とスポーツ面に限られた裏には、あの妥協と慰めを秘めたものだった。会社に縁が切れた後、会社へ行くといい張る英次が住んで、その言葉を暗黙裏の禁句にするはずの父母だったが、いずれにしろ二人三脚のようになった。ダイニング・キッチンから玄関にきた。家を空にして五月晴れの住宅街に出るともう、雄吉と妙子の間には英次がいなかった。
「おはようございます」
「こんにちは」
路上の挨拶を交わし、交わしに何の不思議もない。日常性があふれる街を、緑の市が開け、世界中の花々が咲き乱れる広場を目ざして行った。前の夫婦のように手をつなぎ、あるいは鉢花を胸に誇らしく帰る男女のように歩きたいものだった。けれども額を撫でて、
(お二人は鬼の居ぬ間に選択ですが)
街の風がそういって吹くような気がして、雄吉は妙子に一歩先を譲った。
「サルビア、サルビア、サルビア・・・」
と妙子は家を出た時から、そう念仏のように思いながらきていた。
(つづく)
「おはようございます」
「こんにちは」
路上の挨拶を交わし、交わしに何の不思議もない。日常性があふれる街を、緑の市が開け、世界中の花々が咲き乱れる広場を目ざして行った。前の夫婦のように手をつなぎ、あるいは鉢花を胸に誇らしく帰る男女のように歩きたいものだった。けれども額を撫でて、
(お二人は鬼の居ぬ間に選択ですが)
街の風がそういって吹くような気がして、雄吉は妙子に一歩先を譲った。
「サルビア、サルビア、サルビア・・・」
と妙子は家を出た時から、そう念仏のように思いながらきていた。
(つづく)
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