ついに最終日!!
長かった合宿ラッシュも無事に終了した。
ということでワンゲル合宿を振り返ってみよう。
初日(20日)は小樽から船に乗るだけ。
今回は「らいらっく」だった。
前回は「ゆうかり」だったのでこれで新潟航路の就航船は制覇。
内装は「ゆうかり」とほぼ同じ。
さすが姉妹船。
んで翌21日。
新潟6:00着。
台風の影響で到着が遅れるかもと言っていたが、予定通りに到着した。
波は結構あったのでそれなりに揺れが楽しめた。
港から駅まで歩く。
あのザックを背負って歩くのは結構つらいんだな…。
しかも街中だからやたらと人に見られる。
まあもう慣れたもんだが。
新潟駅には7:00過ぎに着いた。
しばし休憩する事に。
しかし、朝のトイレタイムを満喫する連中が多すぎて電車に乗り遅れる…。
相変わらずトラブルが多いサークルだ。
しゃーないからすぐに代替プランを考える。
といってももはや慣れたもので、乗り遅れは想定の範囲内。
すぐに次の特急で追いかける。
見附で先行の列車に乗り換えて、長岡へ。
そこで乗り換えて直江津へ。
さらに乗り換えて南小谷経由松本へ。
何で大糸線経由かというと、帰りは直江津から船なので片道切符で買ったほうが値段的にも効率がいいからだ。
というわけで松本に着いたわけだが、例によってここでも時間がありすぎたせいで2人が乗り遅れ。
全く持って乗り遅れが多い。
しかもこればかりは終バスに絡むから代替プランの立てようがない。
しゃーないからタクシーで追っかけてもらう事にした。
が、結局、新島々から中の湯までバスで、それから上高地まで5キロほど歩いてきたとのこと。
おいおい、私みたいなことしてるんじゃないよ(←奥手稲山に登る前日に定山渓から小樽まで歩いたのはこの私だ!)。
ということでいつもながらトラブル続きの初日が終わったのでした。
翌22日。
まだ暗いうちに出発してひたすら進む。
この日は時間がないのだ。
コースタイム1時間のところを30分で駆け抜ける男たち。
かなりオーバーペースだよなぁ…。
涸沢分岐までハイペースで進んだ。
そこから2グループに分かれて、片方は本日の泊まり場である穂高小屋を目指し、余裕があるグループは北穂高岳を目指した。
私は後者の方。
北穂高はかなり急なコースで参った。
さすが本州。
山頂まで距離はわずかなのに3時間もかかってしまった。
そして、この先に本日のお楽しみが。
それは涸沢岳。
このコース、夏山ガイドで言うならば軽く100点は超えていると思われる(夏山ガイドはコースの難易度を点数で評価している)。
途中で梯子や鎖を使うなんてありかよ!?
鎖ならまあわかるが、梯子には参った。
垂直登山ですか?
ここクライミングコース?
というわけで死ぬ思いで登ったのでした(ちなみに登山者向けの地図にも危険マークがついてました…)。
その日の晩はよく寝れたのは言うまでもなく…。
ちなみに行動時間は12時間だったという笑えないオチ。
23日はまた暗いうちに出発。
いきなり奥穂高岳にアタック。
ここも梯子などを使うコースだ。
本州恐るべし…。
日の出を山頂付近で見ながらカツカツ進む。
奥穂に続いて前穂にも登り、そこから一気に下る。
んで幸いにして何事もなく12:30分頃に無事下山。
いやはや疲れた…。
上高地は祝日ということもあって大繁盛。
観光バスの行列が延々道につながっていてある意味壮観だった。
んで帰り。
直江津まで出て船に乗る。
ここで港まで歩こうと言った(私ではない)のがまずかった。
暗いこともあって道を間違える。
思いかばんしょって夜道をさまよう怪しい奴らになってしまった…。
結局港まで1時間ほどかかってしまった…。
しかし苦労した甲斐があってここからは幸運のオンパレード。
直江津~室蘭航路は2等寝台と特等のみの船。
当然我々は2等寝台なのだが、この船の2等寝台は4人部屋。
我々は3人。
結果、貸切。
これキタ!
しかもまさかの1段ベッド!
生きてるって最高。
おまけに部屋は窓が船の横ではなく先頭にある角部屋。
最高ですか~!
マッハで船内に入ると何はともあれ風呂。
人生バンザイ…(感涙)
最高に気持ちよかった。
翌朝は意外と早く目覚めて朝食のカップラーメンをすする。
船室から前方を拝めることなどそうそうないことだ。
基本的に前方に窓があるのは1等以上の部屋が大半。
2等寝台でこの位置に部屋があるのはこの航路くらいのものではないだろうか。
最高の船旅を満喫できた。
その後。
全員の所持金がピンチであることが判明。
帰りのバス代が危ない…。
中央バスならばバスカードがあるのでセーフ。
道南バスなら300円足りないのでアウト。
バスは1時間に1本で、しかも中央バスと道南バスが交互に来るわけではないので最悪帰れないかも…。
時間的に終バス2本前。
チャンスは2回のみ。
これはどうなる!?
男たちの間に、緊張が走った。
そして運命のバス停に着くと…。
これキタ~!!
次は中央バス便。
助かった~…。
別にこれは幸運といえるものではないが、男たちの状況からすると何でも幸運になってしまうのだ。
しかも来たのはネオロイヤル車体の新車(最新車ではない)。
文句ないです、ハイ。
最終日は幸運の連続だった。
その程度が幸運かよ!という突っ込みはナシで。
生きて帰れた事に喜びを感じていたくらいだから些細なことでも幸せだったのさ。
そーゆーわけで長かった合宿日記もこれにて終了!
あ~本日の名言はまた明日から復活で。
長かった合宿ラッシュも無事に終了した。
ということでワンゲル合宿を振り返ってみよう。
初日(20日)は小樽から船に乗るだけ。
今回は「らいらっく」だった。
前回は「ゆうかり」だったのでこれで新潟航路の就航船は制覇。
内装は「ゆうかり」とほぼ同じ。
さすが姉妹船。
んで翌21日。
新潟6:00着。
台風の影響で到着が遅れるかもと言っていたが、予定通りに到着した。
波は結構あったのでそれなりに揺れが楽しめた。
港から駅まで歩く。
あのザックを背負って歩くのは結構つらいんだな…。
しかも街中だからやたらと人に見られる。
まあもう慣れたもんだが。
新潟駅には7:00過ぎに着いた。
しばし休憩する事に。
しかし、朝のトイレタイムを満喫する連中が多すぎて電車に乗り遅れる…。
相変わらずトラブルが多いサークルだ。
しゃーないからすぐに代替プランを考える。
といってももはや慣れたもので、乗り遅れは想定の範囲内。
すぐに次の特急で追いかける。
見附で先行の列車に乗り換えて、長岡へ。
そこで乗り換えて直江津へ。
さらに乗り換えて南小谷経由松本へ。
何で大糸線経由かというと、帰りは直江津から船なので片道切符で買ったほうが値段的にも効率がいいからだ。
というわけで松本に着いたわけだが、例によってここでも時間がありすぎたせいで2人が乗り遅れ。
全く持って乗り遅れが多い。
しかもこればかりは終バスに絡むから代替プランの立てようがない。
しゃーないからタクシーで追っかけてもらう事にした。
が、結局、新島々から中の湯までバスで、それから上高地まで5キロほど歩いてきたとのこと。
おいおい、私みたいなことしてるんじゃないよ(←奥手稲山に登る前日に定山渓から小樽まで歩いたのはこの私だ!)。
ということでいつもながらトラブル続きの初日が終わったのでした。
翌22日。
まだ暗いうちに出発してひたすら進む。
この日は時間がないのだ。
コースタイム1時間のところを30分で駆け抜ける男たち。
かなりオーバーペースだよなぁ…。
涸沢分岐までハイペースで進んだ。
そこから2グループに分かれて、片方は本日の泊まり場である穂高小屋を目指し、余裕があるグループは北穂高岳を目指した。
私は後者の方。
北穂高はかなり急なコースで参った。
さすが本州。
山頂まで距離はわずかなのに3時間もかかってしまった。
そして、この先に本日のお楽しみが。
それは涸沢岳。
このコース、夏山ガイドで言うならば軽く100点は超えていると思われる(夏山ガイドはコースの難易度を点数で評価している)。
途中で梯子や鎖を使うなんてありかよ!?
鎖ならまあわかるが、梯子には参った。
垂直登山ですか?
ここクライミングコース?
というわけで死ぬ思いで登ったのでした(ちなみに登山者向けの地図にも危険マークがついてました…)。
その日の晩はよく寝れたのは言うまでもなく…。
ちなみに行動時間は12時間だったという笑えないオチ。
23日はまた暗いうちに出発。
いきなり奥穂高岳にアタック。
ここも梯子などを使うコースだ。
本州恐るべし…。
日の出を山頂付近で見ながらカツカツ進む。
奥穂に続いて前穂にも登り、そこから一気に下る。
んで幸いにして何事もなく12:30分頃に無事下山。
いやはや疲れた…。
上高地は祝日ということもあって大繁盛。
観光バスの行列が延々道につながっていてある意味壮観だった。
んで帰り。
直江津まで出て船に乗る。
ここで港まで歩こうと言った(私ではない)のがまずかった。
暗いこともあって道を間違える。
思いかばんしょって夜道をさまよう怪しい奴らになってしまった…。
結局港まで1時間ほどかかってしまった…。
しかし苦労した甲斐があってここからは幸運のオンパレード。
直江津~室蘭航路は2等寝台と特等のみの船。
当然我々は2等寝台なのだが、この船の2等寝台は4人部屋。
我々は3人。
結果、貸切。
これキタ!
しかもまさかの1段ベッド!
生きてるって最高。
おまけに部屋は窓が船の横ではなく先頭にある角部屋。
最高ですか~!
マッハで船内に入ると何はともあれ風呂。
人生バンザイ…(感涙)
最高に気持ちよかった。
翌朝は意外と早く目覚めて朝食のカップラーメンをすする。
船室から前方を拝めることなどそうそうないことだ。
基本的に前方に窓があるのは1等以上の部屋が大半。
2等寝台でこの位置に部屋があるのはこの航路くらいのものではないだろうか。
最高の船旅を満喫できた。
その後。
全員の所持金がピンチであることが判明。
帰りのバス代が危ない…。
中央バスならばバスカードがあるのでセーフ。
道南バスなら300円足りないのでアウト。
バスは1時間に1本で、しかも中央バスと道南バスが交互に来るわけではないので最悪帰れないかも…。
時間的に終バス2本前。
チャンスは2回のみ。
これはどうなる!?
男たちの間に、緊張が走った。
そして運命のバス停に着くと…。
これキタ~!!
次は中央バス便。
助かった~…。
別にこれは幸運といえるものではないが、男たちの状況からすると何でも幸運になってしまうのだ。
しかも来たのはネオロイヤル車体の新車(最新車ではない)。
文句ないです、ハイ。
最終日は幸運の連続だった。
その程度が幸運かよ!という突っ込みはナシで。
生きて帰れた事に喜びを感じていたくらいだから些細なことでも幸せだったのさ。
そーゆーわけで長かった合宿日記もこれにて終了!
あ~本日の名言はまた明日から復活で。
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