ガワ萌ヱ日報

わずかな情報と膨大な妄想で構成された、ガワ萌ヱな人のためのWEB壁新聞です。

蝋梅の咲く頃

2014年02月06日 16時20分28秒 | 告知


梅の花に僅かに薔薇の艶やかさを加えたような、
蝋梅の甘い香りが漂う季節になると、
平均寿命まで生きた場合、その四分の一を共に過ごしたことになる、
あの白い猫のことを思い出す。

昨年のちょうど今頃、最早回復を望めぬ容態に陥ったあの子は、
苦痛に呻くことも藻掻くこともなく、
ただゆっくりと、しかし確実に命の炎を燃やし尽くして旅立っていった。

もしかして何らかの延命措置を施していれば、
その数日後に訪れた春の兆しの陽光を見せてやれたかもしれない。
もっと早く獣医師処方の餌に切り替えていれば、
夏場の消耗を最小限に抑えて、
更にもう一冬を無事に越せていたかもしれない。

そんな取り留めもない後悔を何度繰り返しても、
その度に何度泣き崩れても、
もうあの白い綿毛に、あの優しい魂が再び宿ることはない。
何より、診察台の上ではなく、母の腕に抱かれたまま旅立ったことを、
あの子が逝くと決めた時に、
一番好きな場所に居られたことを唯一の救いとして、
事実を、現実を受け入れねばならなかった。

当然のように、以前と同じように日々を過ごすことは出来なかった。
契約があるから働き、働くために食べてそして眠る。
ただそれだけの日々。
何をしたいでもなく、どこに行きたいでもなく、
ひたすらに決められたルーティンワークをこなすだけ。

多分こうなるだろうとわかっていたから、
24時間相模原往復弾丸ツアーとか、吹雪のスタジアム特急ツアーとか、
できることは予めやっておいたのだけれど、
実際の虚無感といったら、予想の範疇を大きく凌駕していたわけで。

祖父母を始め、年長の兄達を見送ってきた母でさえ、
「肉親を失うより辛かった」という。
それは多分、水すら飲めなくなってすっかりやせ衰えてはいても、
その愛らしさが微塵も損なわれることがなかったからだろう。
蝋梅と寒椿に飾られた亡骸は、
ようやく我が家で飼うことを許された頃の、
痩せっぽちの若猫が昼寝をしているようにしか見えなかった。
雌猫特有の、あのうっすらと笑みを浮かべたような、
穏やかで安らかな可愛い顔は、生前と全く変わることはなかった。

そしてもう一つ、予めわかっていたことは、
この喪失を埋めることが出来るものは、この世にたった一つしかないが、
しかしあの魂があの姿で生まれ変わってくることはありえないということ。

今ワタシの傍らには、
あの子と入れ替わるようにしてこの世に産み落とされた、
性別も、性格も、毛色も違う雄猫かいる。
甘えん坊で、暴れん坊で、
あの子とは比べ物にならないほど手がかかる。
しかしそれが、仕事を優先して、
あの子を実家に残して出て行ったワタシの救いであり贖罪である。
あの子にしてやりたくて出来なかったことを、
次々にワタシに要求するこの子は、
やはり来るべくしてワタシのことろへやって来たのだろう。

願わくば彼の地で、虹の橋のたもとで、
白い子と黒い子がワタシを待っていてくれますように・・・



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