イギリスに焦がれターナーに憧れて大正期イギリスへ留学した洋画家が当市にいたなんて全く知らなかった。文化の恩恵が薄い県東部に移動美術館と称して数枚が県立美術館より貸し出される。其処で栗原忠二を知ったのです。彼はN高(当時はN中学だった)出身で我が家の娘たちの先輩と言うわけ。彼の憧れたウイリアム・ターナーはイギリスの風景画の大家で、私たちが在英中ターナーの描いた風景がそのまま残っている森や小川をよく訪ねたものです。同時代の洋画家、曾宮一念は美術学校(現在の藝大)在学中「栗原は装いまでターナーを真似、同級生は栗原ターナーと呼んでいた」と書き残しているそうです。”五年の昔しよりして夢に見し、けふテムズの月を見んとは”と詠み憧れの地に降り立った彼の胸の内は想像するに難くない。代表作”セントポール”やこの”ロンドン郊外”があると言う。