プラムフィールズ27番地。

本・映画・美術・仙台89ers・フィギュアスケートについての四方山話。

◇ 塩野七生「海の都の物語 上」

2010年11月14日 | ◇読んだ本の感想。
ひと頃は塩野七生を追っかけていたので、「ローマ人の物語」以前の文庫本は
おそらくほとんど持っている。これも我が蔵書。何年ぶりかで読み返した。


……しかしその前に「ローマ人の物語」についてモンクを言っときたい。前にも言った気がするけど。
なぜ文庫版をあれほど薄っぺらくしてしまったのか。

著者畢生の作として、単行本が書店に並んで行くのを指をくわえて見ていた。
いや、文庫になったら買うし。買ってから読もう。
そして我慢すること幾歳月。ようやく文庫化された。勇んで本屋に行ったと思いねえ。

そこで感じる微妙な違和感。予想と違って――ナニ?この薄さ。
200ページ?なんで?200ページ上下巻にするんなら400ページ1冊でいいじゃん。
角川じゃないんだからさー。わたしはある程度厚みがある本じゃなきゃイヤなんだ。
好みと言う観点を措いても、現実的には分冊と1巻本では厚みが違って来る。
本棚に並べる時に場所を取ってしまうではないか!

塩野さんは思う所あって分冊にしたようだから――分冊にすることでちょっと買ってみようと
思う層が増えたのだろうし、彼女の営業戦略を否定も出来ないが、しかし一人読者を失った。
わたしは未だに8冊くらいしか買ってない。読んだのは2冊だけ。
今後いつか最後まで買えるかどうか……。あまり自信がない。
いや、本の形態というのもなかなか重要ですね。

閑話休題。




「海の都の物語」――以前読み終わった時、もうこの本を読み返すことはないかもしれないと思った。
何しろ500ページ超の上下巻。1100ページを読み返そうと思うのはちょっとしんどい。
――とは上に書いたこととまるっきり矛盾するようだが、
別にわたしは厚ければ厚いほど好きというわけでもないので。
(井上ひさしは、たしか厚ければ厚いほど好き、とどこかで書いていた気がする。)

しんどいと感じるのは、もちろん内容にもよる。
基本、再読派ではないわたしも、たとえば塩野さんなら「男たちへ」などのエッセイ、
小説でも都市三部作くらいの軽めのものならたまに読み返す。
が、この作品は都市ヴェネツィアとがっぷり四つに組んだ大作。
それだけでも億劫さが先に立って……


でもそれを乗り越えて改めて読むと、やっぱり面白いね。
かっこいいぜ、ヴェネツィア男!と掛け声をかけたくなる。

何がかっこいいかというと、その集団としての魅力。
商人が国家を「経営」すること、利害計算、現実主義、愛国心、自律。
人々は、羊の群れの一匹ではなく、商人たる所以の狐の狡知を持って自ら立つ。
その狐たちが頭を使い、(利害得失を十分に考えた上で)愛国心を持ち、事に当たって行く。
この本に書かれた彼らの打つ手にはぞくぞくする。


そもそもヴェネツィアには個人としてのヒーローがいない。
この点は、塩野さんが本の中で力を入れて書いている。
その証拠に、有名なヴェネツィア人といって誰か思い浮かびますか?
日本においては唯一マルコ・ポーロが名を知られているが、
彼はヒーローとはとても言えない。有名なのも、たまたま暇な時(=戦争捕虜で入牢中)に
適当な記録者にめぐりあったからであって。

フィレンツェのメディチ家、ミラノのスフォルツァ家、各種取り揃えの歴代法王――
彼らに伍していくならそれなりの大物を期待したいところなのだが、
エンリコ・ダンドロとかカルロ・ゼンとかはいるにしても、
一通り見ていくと、歴史人物の派手さという意味ではヴェネツィアはかなり小粒。

でも、ヴェネツィアの強みは、まさにそこ。
大粒の人物を徹底して排除したところに、共和国一千年の精髄があるらしい。
大物への権力集中を異常なまでの細心さで排除したこと。
それが息の長い繁栄に繋がる。


読んでいて笑ってしまったところがある。
元首(ドージェ)を選ぶのは100人が定員の共和国国会だそうなのだが、
普通ならシンプルにこの国会全体の投票で選びそうなところ、
ヴェネツィアではこの中からわざわざ「元首選挙の有権者」を選ぶ。


   まず、共和国国会の議員のうちから、くじで三十人を選ぶ。その三十人をくじ引きで、
   九人に減らす。九人は四十人を選挙する。選挙された四十人の中から、
   くじで十二人を残す。その十二人が、二十五人を選挙する。二十五人はくじ引きで、
   九人に減らされる。九人は、また四十五人を選挙し、選挙された四十五人は、
   くじで十一人に減らされる。残った十一人が四十一人を選挙し、この四十一人が、
   ようやく元首を選ぶ有権者になれるのである。元首は、この四十一人のうちの
   二十五票を獲得できて、はじめて当選というわけだ。慎重を期したあまりの
   複雑さもいいところだが、敗者復活戦の論理も内蔵しているところがミソである。


……話作ってませんか、塩野さん。これがほんとなら、まあ何とも……。気の長い話だ。
時々間違えて途中を飛ばしたことはなかったのだろうか。

ただ、100人の共和国国会議員から選ぶのなら、そのくらいの人数を味方に引き入れるのは
あまり難しいことではない気がするのだが。それはどうなんでしょうか。
数人の団結はあり得ても過半数の団結はあり得ない、ということなんでしょうか。



ジェノヴァとのライバル関係もなあ……。
後世から大づかみで見てみればその実力伯仲ぶりは面白くもあるんだけど、
実際にやっていることは戦争ですからね。小競り合い程度じゃない。
実力が伯仲しているからこそ死闘、だろう。近親憎悪的な感情もあったかもしれない。
利害がからむと人間、容赦出来ませんからね。


女の話がこれっぽっちも出てこない。
やはり塩野さんは男好き。と思っていたら、上巻最後に「ヴェネツィアの女」の章がありました。
が、それによるとヴェネツィア女はこの本ではほぼ取り上げる必要なし!のようです。

彼女たちは政治的にも経済的にも主だった活動はしていない。
多分それはどこの土地でも状況は同じだったでしょう。
ただ、大物が出た他の都市には女性もそれなりの有名人が出たのに対して、
ヴェネツィアでは余計に、一人輝くという女性は出にくかった。
女性について特筆すべき点はそのファッションだったらしいが、それは政治経済面から
ヴェネツィアを捉えようとするこの本の守備範囲外だし。
(だが塩野さんの本には珍しい、地図以外の挿図があり、それは老若男女のファッション図だった)


下巻に続く。



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