たか子さんは80歳代、女性。町はずれの漁村の出身。浜育ちらしい焼けた肌と笑顔が印象的。お喋りが好きで、明るい性格。でも時々、感情的になる。少し足腰が弱っておられるが、概ね健康状態は良い。認知症は中程度。
帰宅願望が強くなることがあり、「帰る」と言って止められなくなる。仕方なく付き添って、たか子さんの気が済むまで、外を歩いてもらう時がある。
「この向こう側に家がある」「この角を曲がれば、誰々さんの家や」と言いながら、どんどん進んで行く。
でも、どこまで行っても、たか子さんの思い描く景色は現れない。最後は足も疲れて動けなくなり、座り込んで泣き出す。
それから一休みして、また施設に戻ってくる。
たか子さんは小さな子どもの頃に、お母さんを亡くしたと話してくれた。
漁村は今でも、地域の結びつきが強い。昔なら尚更、助け合う、相互扶助の機能が強かっただろう。たか子さんは、そういう地域の力に育てられてきたのだと思う。それだけに、生まれ育った土地への愛着は強い。
たか子さんの行動には、特徴がある。常に、誰かの真似をすることだ。
行動のきっかけは、自分以外の人の言動に依ることが多い。トイレに行くのも、食事をするのも、お風呂に入るのも自分の気持ちで動くというより、誰かの動きに連動する。
母親を失った、小さなたか子さんは、いつもご近所さんや、周りの人々のやり方や習慣を真似ることで、生き延びてきたのかもしれない。
たか子さんは村を離れて、生きねばならなくなった今が一番、生きづらいのだろう。
きっと、あの漁村に帰りたいのだ。