たまさんは70歳代、女性。背骨の圧迫骨折があり、コルセットを嵌めている。移動は車椅子を使用。認知症はない。
たまさんの眼鏡の奥の瞳はクリクリ動いて、いつも何かを探っているみたいだ。
たまさんは、事情通。上手に他人の話しを聞き出す名人。他の入居者さんや職員のことまで、色んな話しを知っている。
日中は車椅子を自走させ、元気そうに動き回っているが、起床時は別人の様に動けなくなる。最初、私はその落差が不思議だった。
一人では起床出来ないので、必ず誰かが起床介助に入る。ところが、これが全く動けない。介助で起こそうにも、痛がって、痛がって、、ほぼミリ単位で起こしていく作業になる。色々、こだわりの手順もあり、かなり困難な介助だ。コルセットを嵌めてトイレ介護が済めば、一応、一段落する。
それから、りんごを擦ったり、朝食の準備をしながら、たまさんの話しを聞く。
始めの頃は誰かの噂話を、おもしろ可笑しく聞かせてくれていたが、いつ頃からか、たまさんの家族の話しを聞かせてくれるようになった。
たまさんは、結婚間近だった息子さんを交通事故で亡くしていた。その時のショックで、神経がピリピリするようになり、今でも治らないのだという。
昼間は、みんなと一緒にいて気が紛れるが、夜になると苦しいことを思い出して辛くなる。そして朝には、いつも身体が固まって動かない。そういうことを日々繰り返しているのだと教えてくれた。
私には、たまさんの身体の節々に、ある日突然、理不尽に息子を喪ったことへの置きどころのない怒りが溜まっているように思えた。