WILD THINK

ラテン楽団「Orquesta de WILD THINK」のバンマスが、日々思うことをダブワイズ

きぼう、ろうどう、びんぼう

2006年06月01日 | 若者考
20世紀の初め、自動車メーカーのフォードはベルトコンベアを使って、定型化、モジュール化した自動車生産システムを発明して、自動車の低価格化に成功。世界一の自動車メーカーになったそうな、

んで、もう一個、フォード社の偉業は、生産性の上昇を賃金にスライドさせて、労働者の所得を引き上げることに成功したこと。
これによってフォードの労働者は大衆の強い「憧れの対象」だったフォードを購入できるようになったそうな。生産と消費がうまい具合に循環したそうな。

ベルトコンベアから延々流れてくる機械のネジをしめるっつー、くそくだらねー労働に耐えられるというのは、このネジしめてたら、「憧れの車が手に入る」っつー希望があったからこそだ。

今の日本の社会では、定型化、モジュール化された労働は派遣労働者やフリーターが担っているが、彼らは、なにがしかの希望を労働の中に見いだしているのだろうか。
(以前の僕のフリーター考察『高円寺にあてられた』)

「工場で、働こう」の人材派遣業のCMのお笑い芸人よりも、断然、三輪明宏の「ヨイトマケの唄」に出てくる土方の母ちゃんの方が希望を持って生きてる感じがする。あれは、高度成長期で今は貧乏でも頑張れば豊かになれるっつー「希望」があったからなのかなぁ、とか思ったり。ちなみに、あの歌はホントに素晴らしい。

希望があるからこそくそくだらねー労働に耐えられる。それはホワイトカラーでもブルーカラーでも貧乏でも金持ちでも働く人全てにおいて。
ちなみに、僕には上昇志向はあんまない。あと、労働を通じて理想の自分を見つけようだとか、労働を通じて理想の社会をつくろうだとか、そんなもんはフィクションだと思っている。つまり、労働を通じての希望は、特にない。でもこんなことはあんま誰彼かまわず言わない。

ひきこもり二ートの研究で有名な玄田有史って人が最近『希望学』って本を出した。まだ読んでないけど。読まなきゃ。


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