そうなんです。私たちがここでしていることとは
いろんな自分になって いわば愛の行き届かないような自分になって あるいは自分が嫌っている自分に生まれて いろいろなドラマの末に 結果的には自分を許せる自分になるというストーリーなんです。人生1回キリでは出来ないお仕事です。
そして多くの人は他人に起きていることは 自分に起きてることじゃないから許せると思っているのです。
それで いざ自分に問題が起きると それは自分のことじゃない と認めようとしないで懸命になって否定しようとするのです。そして相手を非難するのです。
人生では誰もが平等に問題というのを抱えますが それは自分が成長するために起きるのです。問題を起こすのは その人の内部に入っている魂が起こすのです。魂はその人の出す波動を見てそれに見合った現実を その人のために創るのです。
しかし実際には問題はどこか外部からやってくるように見えます。常に自分が被害者に見えてしまうのです。
だからその人はこれは私の問題じゃないと撥ねつけてしまうのです。
運が悪かったというのです。
真実は そこにあるのは自分の問題どころか 自分の姿そのものであることを知らないのです。
そうです。問題というものは自分そのものなのです。自分の奥底にある「陰の自分」です。ふだんは自分にはそんな考えはないと思っています。
ところが何かの出来事がきっかけとなってそういう影の自分が浮き上がってくるのです。本当はものすごい人種差別主義者が隠れていたりします。
しかしここが大事なところですが だからって自分が悪いのではない ということです。決して魂はあなたが悪い みんなに謝りなさい 恥を知りなさいなどと言っていないのです。しかしたいていの人はあたかも自分が悪いと親からバッシングされたかのように思ってしまうのです。
それを解決するには その問題が実は自分自身だと気づいて認めて抱きしめることなんです。それが真の解決となります。そんな自分を責め遠ざけるとか 除け者にするんじゃなくて 自分だと認めて愛でくるんであげるのです。
何故かというと その問題というものは その人の中にあるものを 魂が ハイコレ。 あなたの姿。 と言って差し出してくれているに過ぎないからです。魂はその人の現在の成長度を示しているだけで 別にそれが問題とは思ってないのです。ある成長の段階では当然のことだと思ってるのです。それが問題だと思っているのは 周りの人々や社会だけです。
それに魂は善悪の差別とか 非難とかは一切しないのです。それを問題だと思っているのは人間だけの考え方です。
だからその問題という自分を許してしまえばよいのです。問題を受け入れればよいのです。ただすぐハイといって簡単にはできないかもしれません。何度も繰り返さないと・・・。人生の目標は成長することですが 周りが責めるから人が成長するというのは誤解です。魂のように 責めないから成長するのです。責めないで愛で包むのです。
これが人生で毎日人間に起こる出来事です。
魂があなたの内部を映し出して毎日あなたに見せるのです。それがいわゆるあなたの現実 「今日の出来事」です。内部にどんな自分がいても受け入れている心。責めない心で居られるなら 他人も世界も自分の味方のように見えるようになるのです。
そんなあなたに起きることは 愛と喜びと感謝と平和だけです。
問題の当事者を責めてはいけないというのは 問題とはあなた自身の内部の姿が見えているだけだからです。隠されていた自分を恥じたり責めるのではなくみんなの一部だとして受け取るのです。結局みんな合わせて一人しかいないのです。世界は全部自分なので他人はいないのです。ついでに言えば自分が悪いわけではないので許す必要もないのです。
(続く)
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