2020年度前期,COVID-19との未曾有の戦い。おそらくすべての大学のすべての科目で,「非日常」のなかでいかに学生の学びを守るか,そして少なからず,この状況ならではの学びはないか,ここから未来を展望する要素はないか,という模索がなされました。
この記事は,今期に我々が試行した,学部+院生の縦型共同学習の実施方法の記録です(備忘録方々)。
技術的には難しいことはなにもしていません。難しいこと不要でできる,でも学習の実効性をあげるために,ちょっと凝った講義運営をしています。
1.経緯
私どもの科目,学部3年生向け「建築都市デザイン(環境行動)」と大学院生向け「地域施設計画論」では,この事態に先立ち,2020年度にはもともと【縦型共同学習】の試みを予定していました。
製図室で上下の学年がなんとなく居合わせ,上級学生の模型作りや図面作成を下級生が真似したり(学ぶの語源は,まねぶ=真似る),上級生から下級生へのサポートが発生したり,ということがあります。
ただ,すべての学生が製図室で作業をするわけではない(固定席があるわけではないので,自宅作業派もいます)ということもあり,「下級生と上級生がともに学ぶ」シーンを,研究室配属前にはつくりにくい。これが問題意識です。
そこで,これを講義のなかでシステム化できないか? というアイディアがかねてありました。
正直,個別に科目を運用するよりも大変なことは目に見えていたので(そして,できあがっている講義システムを変更するということはすでにそれなりに大変),アイディアを温めながら数年。そして2019年秋。研究室に,ほぼ常駐で研究員さんがいてくれる奇跡の1年の訪れがわかりました。それでも追加スタッフが必要で,その人件費のために,大学の「PBL教育支援プログラム」に申し込み,採択されたため,晴れてこのアイディアが実現することになりました。
2.「PBL教育支援プログラム 申請書」から:目的と概要
未来科学部建築学科開講科目「建築都市デザイン」では,建築や都市空間での人間の行動特性とそれに応じた環境デザインのあり方を主題として,講義内および講義前後の自主学習を利用した演習とその解説を基本とした講義を行っている。
また,演習と解説の講義ターム後,学生たちが提出した演習課題を2〜3名のグループに別れて集計・分析・考察し,その成果をトーナメント方式で相互に発表し合うことですべてのチームに発表と相互の講評の機会を保障している。
これによって,①グループ学習によって相発的に学び,②課題解決型学習を通して研究的手法の基礎を身につける,という教育手法を構築している。
また,大学院未来科学研究科建築学専攻開講科目「地域施設計画」では,自らの興味関心と専門性をもとに建築や都市の空間における要配慮者(こども,高齢者,障碍者,子連れ者,他言語使用者等)視点での課題を発見し,その解決方法を提案する演習型講義を実施している。
昨今,実社会において多様なメンバー構成での協同能力がより重視される。このため,これらの学部・大学院生向け講義をそれぞれでの積み重ねの上で部分的に融合することで,学年を超えた学び合いの関係をつくる縦型共同学習の講義の実施を試みる。
これによって,講義の主題に関する学びに加えて,上級学年である院生には卒業研究やゼミ学習で培った研究スキルを発揮しリーダーシップやファシリテーションの能力を,また学部生には,その後の研究室活動や大学院での学びへの見通しを醸成する。
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そして3月中旬以降からの,怒濤のCOVID-19への対応。本学では3月17日の卒業式の中止(Zoomウェビナー配信のみ)を早々に決定し,3月20日頃には4月1日の新年度開始は維持するものの前期講義は5月8日(GW明け)からとすることが決まりました。
本学では,たまたま2019年度中にZoom社と包括契約を結んでおり(全国の大学で,初めてとのこと),オンライン講義への移行にあたってどのサービスを使うかからの検討が不要であったことは幸運でした。
もちろん全学的な,全学部全研究科でのZoomオンライン講義の実施にあたっての各種準備には,ご多分に漏れず多くの検討事項や困難がありましたが,それはまた,別の話(Ⓒ王様のレストラン)。
この事態で,縦型共同学習の試行は延期とすることも考えたのですが,製図室に学生が来られない,同一学年・同一科目履修者との横の連帯感はなんとなくは保たれるだろうが,縦の関係性が新たに生まれる余地は完全に失われてしまう。それは,前期末に研究室配属を控えている3年生の学生さんたちにとって,致命的な機会損失につながりかねない。だからむしろ,今だからこそ,この試行は行われなければならない。そのように考えました。
3.講義の組み立てとスケジュール
大学院科目と学部科目は,同一曜日の2限と3限に設定。←ここ大事
この時間割の場合,昼休みを挟んで,この間に準備等が可能です。別日にすると諸々調整が厄介:祝日や天候不良で休校日が発生した場合に,予定がずれます。大学関係者はよくご存じですよね。
大学院と学部それぞれでの到達目標も設定されており,2/3のスケジュールは両者それぞれの講義です。
なお,いずれの科目も選択科目ですが,大学院科目の受講生のほとんどは,学部科目も履修経験がありました。
また大学院生は,私の研究室を含む,5つの研究室から受講していました。
■スケジュール
科目後半1/3は,「学部生のグループ課題:講義で行った各種演習を,グループに分かれて分析・考察する」に,大学院生がファシリテーターとして加わります。学部生に対しては,全体としてデータ整理,集計,分析の初歩をレクチャーしましたが,具体的な集計や分析にあたっては(より具体的に述べれば,エクセルの集計フォームのつくり方から),大学院生が指導役となりました。
その大学院生に対して,事前に指導計画を相談できる時間を設けている,というスケジュールです(表の青色「分析相談」が該当)。
■「融合」部分の実施
大学院生は,学部生のグループを2〜4ずつ担当。
学部講義開始時にはメインのZoomミーティングルームに集合し,諸注意・連絡事項のあと,大学院生がそれぞれ立ち上げるルームに再集合して,そのなかでブレイクアウトルーム機能を使ってグループごとの分析相談を行う,メインルームに戻って進捗を共有する,等の運営を,それぞれの進捗に応じて実施します。
教員は,大学院生が運営する各ルームを回って,質問や相談に対応します。
連絡と情報共有の手段として,Slackに科目のチャンネルを設定してやりとりしました。この統一情報共有手段の確保は重要でした。
*今年から,学科内の設計製図,演習系科目は,科目ごとに教員と副手(TA)のチャンネルを立ち上げて活用しています。
*学生同士では,別にLINEを使ってやりとりもしていた。
学部生と大学院生でグループLINEをつくり,分析の相談を受け付けていました。こうした直接の関係作りにつながったことで,後日,研究室配属についての相談を受けた院生もいるそうです。
4.提出物管理,ディティール
■学部科目「建築都市デザイン」
この科目はもともと,提示された演習群から,「自分たちでやりたい演習を選ぶ」方式です。例年は紙ですが,今年はグーグルフォームでアンケートをとり,7カテゴリ51の演習のなかから(感染拡大防止の観点から,実施できないことが確実な演習をあらかじめ除きつつ),実施したい学生が多い演習をおおよそ30選びます。
これは,受講生の興味関心に沿った内容で課題を組み立てることで,主体的な参加意欲を持っていただくこと,また事前に課題リストに目を通すことになるため,学びの全体像への見通しを持っていただくことを企図しています。
前半は,毎週の講義が概ね,その回のテーマに沿った演習を行い,その解説をする,という流れで進みます。(選ばれなかった課題は,解説のみ行う)
配布物と提出物が多い講義です。
このため,規定の学習システム(本学の場合はUNIPA)での資料配付と課題提出ではなく,これも本学で包括契約を結んでいるBoxを活用しました。主な理由は以下の通りです。
1)BoxDriveを入れておけば,デスクトップで使えること。
2)UNIPAとZoomのアカウント認証には,同じシーベルクラウドでの認証を通るため,都度負荷がかかることが心配されたこと(シーベルクラウド側のサーバダウンで,ログインできないことは5/8のみ発生しましたがこの講義では結果的にトラブルなし)。
3)できるだけ,受講生側からみて同時に使用するアプリケーションを少なくしたかったこと。
このとき,学生は「課題および資料の受け取り」と「課題の提出」の2つの目的でBoxを使います。
後者は,他者の提出物を見られる,他者の提出物を誤って消してしまうなどの操作があると大変です。前者は,バックアップから運営側が再現可能です。
このため,”受講生が閲覧とダウンロードができる”権限を付与した「配布用フォルダ」と,"受講生はアップロードのみができる"権限を付与した「提出用フォルダ」を作成しました。
こんな感じです。
この管理方法は,受講生の課題提出状況を学習システムを立ち上げずに見られ,直接管理できるので,運営者側にも有効でした。
ただ正直に言うと,例年の紙の演習配布&その場で回収&採点の方が,気持ちが楽でした。「あることが物理的存在としてわかる」ので。受講生さんも,その場で紙を提出すればよい従来に比べて,課題を写真に撮る→読み込む→名前を変える→アップロードする,の手順は面倒であったろうと思います。健康には替えられないですけどね。
提出された演習データは,pdfエディタ(アクロバット)でまとめて,配布用データにしました。(紙では学籍番号+氏名の記載欄があるが,データ提出なのでそれを消して,ファイル名を学籍番号+氏名に統一。演習結果データ配布時に,ファイル名情報を消去して統合)ここは例年よりも楽だった! 例年は,氏名欄を切り落として封筒に入れて・・という作業があったので。
■大学院科目「地域施設計画論」
こちらの科目でも,同様に「配布用フォルダ」と「提出用フォルダ」をそれぞれ設定しました。
■COVID-19対応での変更点
・学部)感染拡大防止の観点から,させられない演習(街中に出る,大学に来る必要がある等)をあらかじめ除く
・学部)リアルタイム受講を原則とするが,諸事情で難しい場合は,オンデマンド受講も可。講義を録画して,動画URLを配布用フォルダに格納した資料に掲載。これは,学習習慣と生活リズムを守り,かつ学生個々の諸事情に配慮するための全学的方針に従ったもの。
・学部)提出物については,特に指示がない限り次の週の講義前までを提出期限とする。最終的には,月曜日の講義に対して,半数程度が金曜日までに提出,残る半数が土日に提出するくらいのリズムになっていた。
・院)車椅子体験は,入館が特別に認められていた,博士課程の学生さんと研究員さんに手伝ってもらう。大学内とキャンパス周辺,駅前での車椅子移動とその介助の様子を,解説を加えつつリアルタイムZoom配信。
・院)グループ課題で実施していた課題を,一部,個人課題に変更(Zoomに慣れる期間を取る)。
・後半融合)個人課題として実施していたオリジナル課題は,負担軽減&選択肢の観点から「個人」でも「グループ(最大4人)」でも,本人が選択して実施できるように変更。
備考)これらの講義の組み立ては,学習意欲の問題への取り組みの援助のために広く知られた教育システムモデルARCSに準拠しています。
5.成績評価
グループ課題が多い講義です。評価の背景として,以下があります。
- 「グループ得点」だけを積み上げると,受講生に差がつかず成績をつけにくい(科目間の公平のため,S,A,B,Cのおおむねの比率が共有されている)
- グループワークの場合,メンバーの貢献度が異なることがある。このとき,同一得点をつけると貢献度が高いメンバーが正しく評価されない。また,貢献度が低い「フリーライダー」の発生を誘導してしまう。
このため,もともとどの講義でも統一して,次の方針を掲げています。
1)「個人として評価される部分」の比率をキープする。最低50%,できれば60%。
2)グループワークでは,各人に貢献度を尋ね(ほかの受講生からは見えないように),これをグループ得点に掛けた数値を個人得点とする。
・私が関わるグループワークありの講義では統一して導入している方法。学部1〜2年生の間で,受講生はすでに体験済みであり,概念はあらかじめ共有されている。
*グループの人数によって貢献度のベースに差が生じるため,課題の難易度と併せて若干の調整あり
*オリジナル課題では,グループ形成の経緯と構成メンバーがそれぞれまちまちであるため,貢献度は尋ねず。基準人数を2人とし,1人(個人)であれば+5点,3人であればグループ得点から-5点,4人であれば-10点として算出。これは,最終得点において「人数が1人異なるごとに1点」が反映される程度の調整。
もう一つ大事なことは,
3)成績評価とは別に,必ず全員に発表の機会があること
です。トーナメント方式で相互評価をすることで,平行して発表が進行でき,時間内に納めることができます。この方式で,受講生たちがつくってきたプレゼンテーションの発表機会を保障します。
2〜3回のトーナメントで,全体発表のグループを学生たち自身が選抜します。
この方法は,学生自身が評価の視点を持つことによって,自分たちの取り組みや技術を振り返り,今後に生かす効果を期待するものです。
受講生に発表させるにせよ,時間の関係もあって,優秀作品だけが発表できる,という運営をすることが多いのではないかと思います。
6.成果
直接目に見える効果としては,学部生から提出されてきた課題は,リモートでの実施にもかかわらずどれもレベルが高く,院生による支援の効果を充分に理解することができました。
また先に少し書いたように,院生に対して学部生から研究室配属の相談があったそうです。今年度の状況では特にですが,期待していた通りの効果です。
さらに,学部生がオリジナル課題として実施したアンケートには,受講生以外の大学院生も複数が協力して回答していました。これは想定していなかったのですが,そうした関係性のネットワークがつくられたのは嬉しい波及効果でした。
大学院生から提出されたまとめレポートでは,以下のような感想をもらっています。
- 教えることで,分析方法や学部の時に勉強したことがより深く理解できた。
- 教えるために,自分が事前に勉強する必要があり,自分の普段の興味関心を超えた知識に触れることができた。自分自身の修士論文で使えそうな分析方法も見つけた。
- 自分では使わない分析も指導するため,表現の幅が広がった。自分が作れるグラフの幅が広がった。
- 「指示」ではなく「指導/助言」の立場で関わる体験ができ,理解度を捕捉するして説明することの必要性と技術を学んだ。
- 教えることで,自分自身に知識や技術が定着した。誰かに指導することは,指導する側もされる側にとっても力を身につけられるものなのだと感じた。
- 人に頼られることの嬉しさも体験した。頼られることに対しての責任感が前よりも強くなったと思う。
- 「常識」が,人によって違うことを痛感した。自分とは異なる視点からのアイデアを得ることも多く、勉強になった。
「教えること」が自分に対する教育の効果を持っていること,視野が広がることを実感したという趣旨のことを,ほとんどの受講生が書いていました。私も同じことを日々感じています,教えることは本当によい学び。
また,教えるためにその方法が得意な他の受講生に質問して教えてもらう,自分は別のことを教える,というような相互の関係性もあったようです。それはとてもよいことです。
学部生さんの授業アンケートでも,演習が学びの実感があったこと,グループワークの経験が良かった,大学院生のフォローで,課題の実施がしやすかったことが挙げられました。
建築学科では,研究と設計のどちらが得意か,大事か,というようなことがしばしば話題に出ます。そこに教育も入れて,三つ巴で認識する必要があると思っています。
教育まで含めて,パーティであり,その組織や個人の能力だと考えます。 →その記事
卒論,卒計までの設計を通して研究と設計を学んできた大学院生さんが,研究室の垂直方向の関係性を超えて指導的立場になり,「教育/教えること/支援すること」の重要性を感じていただいたのは,何よりでした。
教えて教えられて,学びが学生さんたちをつないで,新しい知識や技術に,また「もうちょっといい世界」への一歩一歩につながりますように。
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