現実の畑は公園化した里山としての谷戸とは異なる
カラス除けのためであろうカラスの死骸が吊り下げられていたりする
この谷戸では写真の左手側にヤグラが点在している
寺院跡か武家屋敷跡か
畑の奥が藪化しているが
そのさらに奥に畑がある
ヤグラの多くは中世(鎌倉時代から室町時代にかけて)のもの
南北朝時代を下ると武家は鎌倉を捨てて京に移ってしまう
それ以降は廃された寺院跡や武家の土地などは畑とされたようだ
今の土地の多くは近世に造られたと考えてよいだろう
鎌倉時代の余香が感じられるところは極めて少ない