グローバル化時代の日本(雑感2) 2,020年5月17日
(1) 特許の世界
RCA社に支払っていたカラーテレビ特許使用料は1台あたり平均1,000円でした。
又、日本のメーカーが年間に支払った特許料は約600億円だったと記憶しています。
カラーテレビの特許契約は包括特許契約でしたから、
RCA社の持つカラーテレビ特許をいくつ使用しても特許料は同じと言う事ですが、
それだけ多くの特許が出願されていたと言うことです。
20年以上こんなに高額な特許料を日本企業は支払っていたと言うことです。
一方、カラーテレビに使用していた部品、
ブラウン管や真空管、トランジスター等の部品にも特許料が掛かっていますが、
日本の部品メーカー(日立、東芝、NEC等)は、
殆どRCA社のライセンス商品ですから電気的互換性、形状・構造的互換性も有りましたので、
何処の部品を使用しても問題無いと言うことです。
従って製品開発、修理・サービス等に於いて業務の標準化がしやすくコストダウンにも寄与していました。
特に海外で修理・サービスする時には部品の入手がし易く安心でした。
特許問題が日本の家電商品の標準化、互換性化に良い効果をもたらし、
安くて良い商品を世界に供給するする形になったものと考えます。
果たして今のデジタル戦争では何が勝ちの戦略となることでしょう。
ハイビジョンTV戦争では欧米のデジタル方式に日本は負け、平成の30年間は辛い時代でした。
令和のデジタル戦争は、先のデジタルハイビジョン戦争同様、規格争奪戦争になるのでしょうか?
尚、カラーブラウン管とカラー液晶開発に於いても、
RCA社の面白い開発歴が有りますので又の機会に紹介したいと思います。
当然どちらの基本特許も同社が戦後間もない時期に取得しています。
幸いなことにカラーブラウン管時代の後にカラー液晶時代が来ましたので、
日本は液晶の応用技術、生産技術、材料技術等の特許を取得しワープロ、パソコンより実用化したことより
カラー液晶技術で再び世界のトップリーダーに成ったことは久しいことです。
尚、RCA社の基本特許は既に切れており牴触していません。
(特許の有効期限は20年、早すぎる研究開発は必ずしもお金に成らないと言うことです)
(箕浦の特許まとめは下記をご覧下さい)https://blog.goo.ne.jp/yokohama753mn/e/fe07daa981e655f3cc3cc945f4c939e1
(箕浦の世界特許は、Google Patensを参照下さい)
(2) 就職戦線
東芝好きの私が何故シャープ(旧早川電機)に入ったのか?
当然私の友達は首都圏の東芝、日立、SONY、NEC等に就職しています。
当時の就職環境は今と全く違う事も関係していますが、結局実家に近い企業に入りたかったと言うだけです。
人生においては最大の失敗をスタート時点で起こしたことになります。
何故なら、シャープはカラーテレビ事業拡大のため関東地域、栃木県矢板市に前回ご紹介しました
RCA社を真似た大型工場を新設していたからです。
大学4年のインターン研修時は大阪本社前の開発棟のカラーテレビ開発部でしたから疑う余地も有りません。
尚、当時の就職システムは、学校から企業の要望に応じ必要な人材を推薦する仕組みでした。
従って大学からは概ね受験希望者を成績順に推薦していた様です。
一方、家電大手の採用で関西系は、首都圏企業より募集時期が早かったと思います。
従って私と同時に受けたバンド仲間のO君はシャープを落ちましたが、後に来たSONYに入社しています。
又、当時は一度内定が決まった人は余程の理由が無い限り辞退は出来ません。
次年度の応募に支障をきたすと思われるため学校が認めないからです。
もし辞退した場合、次の推薦を受ける事が難しくなります。
ー以上ー