分け入っても分け入っても本の森

本読む日々のよしなしごとをそこはかとなく♪

●アート・ライブラリー(西村書店)

2009年02月07日 21時04分12秒 | 美術
西村書店のアート・ライブラリー全43巻を揃えてみました。
第1期出版が始まったとき(1994年)から、ぽつぽつと購入していたのですが、不定期刊行でしたし全巻揃うまで長かったので、途中買い抜けたものを後から探し求めて揃えました。
けっこう大変でした。*1

今、西村書店のサイトを見ると、これは全43巻となっています。*2
でも、もはや知る人は少ないとは思いますが、そもそもは全120巻刊行予定だったはずなのですね。
英国ファイドン社との共同出版というか、原書はファイドン社刊で、その日本語版という位置付けなのかなと思いますが、それにしても120巻予定はどこで頓挫したやら。
……釈然としないこと、この上もなし。
ただ1巻1巻それぞれは、なかなかよい本です。

一人の時間に珈琲を入れて音楽もかけずに画集をめくる楽しみも、また何ものにも換え難いです。
画集から音楽と物語が立ち上ってきます♪

ぼくのご主人は芸大進学を勧められていたくらい、美術と数学は得意でしたし、文学を専門にすることになったのは不思議なような必然なような……今でも絵筆への衝動に忘我疾走しかねないところはありますが。(注:自覚はあるので、ちゃんと抑制の効いた常識人です)

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西村書店のアート・ライブラリーに先駆けて1990年、今はなき(名を変えた?)同朋舎出版から「週刊グレート・アーティスト」全100巻が刊行されていました。*3
内容は薄いけれど、それなりに見どころもあって、毎週500円という微妙な価格設定で、サラリーマンのお父さんたちにもファンは多かったみたい。

こういうラインナップ、流行っていたのでしょうかねえ。

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西村書店といえば、最近よく新聞に広告されている(少年少女)世界名作文学系の出版も読んでみました。
読んだことはある本ばかりですが、ぼくが小さな頃に読んだものと比べても訳はよいと思いますが、挿絵はちょっと(^^;
子ども向け名作文学の挿絵は物語からのインスピレーションにも少なからず影響するから、せっかくのよい訳が……(もごもご)。  


*1 現時点で、「ラファエル前派」「カンスタブル」「イタリア・ルネサンス絵画」「レンブラント」「フラ・アンジェリコ」「ドガ」「シーレ」「カラヴァッジョ」の8巻は品切れになっています。

*2 実際には日本では44巻刊行されました。今は、「マティス」は廃刊になっているもよう。(その辺りの説明はなく、出版サイトでは全43巻とだけ表記されています)英国版原書は、それに「ジャポニズム」を加えた45巻か?

*3 好評だったのか、その後1994年に再刊されました。

●オノ・ヨーコ講演会

2008年11月26日 21時19分19秒 | 美術
オノ・ヨーコ講演会を聴きに行きました。
学習院女子大学で開かれているオノ・ヨーコ「BELL OF PEACE 平和の鐘」展関連企画です。

予想より素晴らしく、最高でした。
講演ラストではオノ・ヨーコ氏は舞台で踊りましたので、ぼくも覚悟を決めました。
というより、ぼくだけでなく満場いきなりスタンディングです。
年齢は関係ありませんが、70代が踊るのですからひよっている場合ではありません。
ホール全体が熱いというより心地よい温かさで、みんな荷物を椅子に置いたまま(!)ステージに歩む、歩む。踊る、踊る。

でも、撮影されているからカメラに映ってしまう、と思ったらステージには上がれない、ぼく。
みんなは気にせず、どんどんステージに上がってオノ・ヨーコと手を取り合って踊ります。
何の不都合もないのです。
それなのに、この流れに賛成しているのに冷静にステージ下の目立たない位置を確保している、ぼく。

講演は終わり、いちど舞台を去ったオノ・ヨーコがステージに戻ってきました。
まっすぐにぼくの前にきて、間に何も遮るものがないぼくを見ながら1メートルの距離で笑っています。
音楽が大きく鳴っていますから、声は聴こえな……くありませんでした。
「人生を楽しく踊っていっしょに過ごしましょう」

講演のラスト・メッセージ――マイクを通さない声が、はっきり聴こえました。

講演の本質については、上記した内容の限りではないのです。
メッセージの核は「平和のために」

 "I(We) have to do something."
 "I(We) have to do quickly."

なのですが、こればかりは百聞は一見にしかず、でも以下にざっと時系列で振り返ってみます。

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登場。
舞台袖から出てきて中央まで行かずに立ち止まり、くだけた口調で、
「今、わたしが何をやっているか、まずDVDを観てもらおうと思うの。その方が後で話しやすいと思うから」

くだけた口調といっても、どこかの勘違い思い上がり系アーティストのようなのではありません。
自然体でも格が違うというか。

DVD15分くらい。
アートというより、もう何かこう純粋に突き抜けたエネルギー「イマジン・ピース・タワー」「オノ・コード」の活動について。
じわじわと胸が熱くなるような内容で、不覚にも落涙しそう。(周りには泣いている人も)
性別も関係ありませんが、男性(のすること)をすごいと思ったことはあっても、偉いと思ったことなど伝記でもいちどもありません。
偉いと思うのは女性ばかりです。
どうしてかな。

DVD終了後に、ステージ中央に用意された椅子に座って話しはじめましたが、そのときは「です」「ます」の講演口調でした。
でも、とても温かくてフレンドリー。

「(それが何であれ)自分に持ってこられるものというのは意味があるのだから、ないがしろにしない方がいいです」
「自分に持ってこられるものが何であれ意味があるというのは、それは(別次元的に)すべて祝福だといういこと」
「自分に持ってこられるものを受け入れられなくて嫌だと思うのは自分に幅がないです」

「3つの木に水やりをする。1本目の木には無関心で、2本目の木には憎しみ嫌いながら、3本目の木には愛情をかけて。すると、どの木が成長すると思いますか」
会場から、それは3本目の木(に決まっている)だろうという声。
「そう思うでしょう。でも実際はね、1本目は大したことない、でも2本目も3本目も同じくらいよく成長するのです。
わたしは世界中からいじめられましたけど、それは力をもらったということなのです。
だから、ありがとうと思えばよかったのだけど、そのときはそうは思いませんでしたけどね」

「(自分をいじめる人や何か)そういうものへの嫌悪を愛に変える方法がわかってきた。だから今、わたしは世界中を愛しています」*1

手もとに学生から寄せられた質問カードがあるようで、ここからそれをめくりながら答える形に。

問:他人をうらやましいと思う気持ちをどうしたらよいか。
答:わたしの場合は成長が遅かったのね、だから今、充実しています。(他人をうらやましがる必要はないのよ、ということが会場では伝わってきました)

問:しあわせとは何ですか。
答:しあわせとは自分でつくるものです。わたしは自分の仕事がうまくいったときに喜びを感じます。

問:恋愛と結婚は別のものですか。
答:ただ、自分らしく生きて充実感を得ること。自分がしたいことをすること。「自分主義」でいくこと。自分に合ったことをするべきです。

それに続けて、
「(世界には)戦争産業と平和産業があって、戦争産業の人たちは自分達の目的をわかっているのね。だから、すぐにまとまるしパワフルなんです。
だけど平和産業の人たちは、(こうやって)ああでもない、こうでもないと議論ばかりしている」
と、少しもうんざりした様子ではなく、おかしがっている風に語ったのが印象的でした。
実際、彼女は行動して進んでいますものね、そこが凡人常人とは違うなあ、とぼくは思います。

問:愛って何でしょうか。
答:自分がこれは愛だと思えば愛です。(この質問の「愛」とは「恋(恋愛)」を指していたようで、こういう答え方になったみたい)

問:生まれ変わったら何をしたいですか。
答:この人生を充実させようとしか考えていません。

問:人生最後の食事は何にしたいですか。
答:(おかしそうに笑いながら)その場になんなきゃ、わからない。

問:(アートパフォーマンスとして)こわれたカップを直すのはどうしてですか。
答:こわれたカップを直すとき、人生を直しています。わたしがカップを直す様子がテレビで放映されたとき、それを観ていた夫婦が離婚話をやめて関係を直した。後日、その夫婦の子供から、それを聞いたとき、ああ、ありがとうと思いました。やること(行動)や思うこと(感情)というのは、それはみんな(繋がって)世界に影響しているのです。

「自分らしい人生の中で、できるだけのことをすることです。憂鬱なんてない。憂鬱なんていうのはね、それは贅沢なんですよ(面白がっているみたいな口調で)」

(続けて、ごく短い衝撃的な話があったのですが、同じ空間にいてもそうだと気付いた人は少ないか、たぶんいないかと思います。ぼくは……まだ、はっきりとは書けない。オノ・ヨーコは多くの他人に話してもわからない(本気で話したらキチガイだと思われる。たとえば「そこにいない」人の声が聞こえるといったら、ほら)ぼくと同じ体験をしている人なのです。どうしてそれに気付く人は少ないかというと、それをオノ・ヨーコは観念的な話題にすりかえられるような話し方にしたからです)

それから、「何か質問はありますか」ということで質疑応答の時間に。
やはり、ジョン・レノンの記憶を聞きたがる人が多くて、それに対して語ったのは、だいたい次のようなこと。

「ジョンがいなくなってから周りはわたしに優しくなりました。むしろ身近な人からいじめられたの、ジョン(という盾)がいなくなったから。
耐えられないと思った。でも、息子がいたし、ここで健康を失ったら大変だと思いました。
嫌な人、嫌なものほど、その名前が自分の中に入ってきて苦しいでしょう。それを克服する、というか楽にする方法は、その嫌なものを祝福することです。*2
夜、寝る前に自分をいじめたひとの名前をあげて、それを祝福するのです。すると楽になります。
ジョンは感情的な人だったけれど、とても正直な人でした。
いろいろなことがあったから、今『ジョンと一緒になってとてもよかった』と言っているのは、じつは大したことなのよ(茶目っ気たっぷりに笑いながら)」

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こう書いてはみても、実感的なオノ・ヨーコ氏の口調や間合いは伝えにくいのです。
あまりにも自然体過ぎて……。
膾炙したまことしやかな誤解に、「ビートルズを解散させた女」としてのオノ・ヨーコというのがありますが、ばかばかしいにもほどがあります。
今日わかったのは、これはポール・マッカートニーはオノ・ヨーコ(の才能)に嫉妬してどうしようもなかったろうな、差別と偏見を盾にして逃げるのが精一杯だっただろうな、とか他いろいろ。
それほどオノ・ヨーコは圧倒的なのですが、全然そう見えないところもすごいです。

*1の方法として語ったことが*2です。




千鶴子は一歩、ヨーコは二歩、時代の先を行っていますね。
   

●スケッチ箱

2006年01月18日 23時24分39秒 | 美術
近頃のみか5さいちゃんは、毎日とても疲れて帰ってくるので、心配なのです。そして、疲れているときに限って、寄り道は本屋さんではなく、文房具屋さんや画廊です。
以前にも一度、夢見るような青いシャガールのリトグラフを、それは欲しがって、あきらめさせようと説得するのに苦労しました。本当は、少しでも疲れを癒せるのなら買ってあげたい。でも……¥

今日も、ため息をつきながら、
「サムホール型のスケッチ箱を欲しいのです。ヨンダくん」
「それで、本当に絵を描く時間はありますか。もう少し、よく考えてくださいね」
「……」
とても寂しそうな、みか5さいちゃん。
「それ」は、普通より小型なのに、油壺も二つ付いていて、実物は魅力的だったのだとのこと。
今の幼稚園に入る前は、油絵も描いていて、難関の芸術幼稚園を受験するように勧められたこともある、みか5さいちゃん。

――いつかまた、絵筆を手にする日は来るのでしょうか。