分け入っても分け入っても本の森

本読む日々のよしなしごとをそこはかとなく♪

●八重洲ブックセンターへ逃避

2009年12月19日 21時37分48秒 | 読書
八重洲ブックセンターへ逃避。
座ることはないと思っていた書見コーナーに座して。


(左に積んでいるのは読了分)

---

図書館通いなどは子供の頃のことです。
当時の貸し出し上限5冊まで借りて読み、翌日には返してまた新たな5冊を借りて、家では消灯後に見つかったら叱られるので布団をかぶって懐中電灯で照らしてでも読んで、とにかく毎日、ピアノの練習以外はそればかりでした。
学校の図書室は、もう早くにだいたい読んでしまって、「本はいくらでも買ってあげます」という家庭環境だったのですが、それでぼくの読書量に追い付くはずもなく、あとはひたすら本のあるところ、図書館へと足が向いたのです。

わりと有名な(?)図書館だと思いますけれど、小学生・中学生時代に毎日のように通いつめた施設に、今はときどきオーケストラの練習で行きます。
施設は、さらに立派にリニューアルされてしまって、往時の面影はあまりないのですけれど。

新刊を図書館で順番待ちして読もうなんて悠長なことだな、と思います。
(経済的な理由でそうなのだったら仕方ないでしょうけど)

今では、ぼくは調べもの以外で図書館へ行くことは、ほとんどありません。
お小遣いの範囲でだったら好きなだけ自由に書籍に注ぎ込めるのも嬉しいところ。(予算的には全然足りていませんが)

---

いずれにしてもぼくは、読書が趣味だなどと恥ずかし気もなく自慢気にする向きには身構えてしまいます。
たとえばフロイトでさえ結局は女性が何を望んでいるか理解できなかった、などというのは読書不足を自白しているようなもので、そういうことは、うんと古い書籍にはちゃんとしたことがあるのです。
ただ、そういうところへたどり着く人は、いくぶん世俗から離れるしかないのも確か。
知らなければよかったかもしれない真実というものは(そして、たぶん詩も)あるので、その点、フロイトなどはまだ、じゅうぶん現世的です。

本には世界の半分が載っています、というか世界の半分しか載っていません、というか。
(でも読まなければ、実体験だけでは世界の万分の1もわかりません)

---

ぼくが古い書籍というのは「レメゲトン」のようないかがわしいものをいうのではありません。
古い読者は「ソロモンの鎖骨」と称する書物ですが(まあ、誤訳です)、たとえばそれに書いてあることは実行実現できるのですが、正しい読書家ならけっして、そんなことはしないでしょう。
そういうのは、正しい知識ではありません。

---

パーツを買ってきて、シルバーのメダイもストラップにしてみました。



---

 後記:年の瀬の用事をいろいろ果たすべきだったのに、この1日を丸々逃避したせいで、この後の師走の日々は、とんでもないことに……。


●東京湾アクアライン

2009年04月05日 22時33分06秒 | 読書
家の周囲でも満開のソメイヨシノです。
桜並木の下の緑は美しく、お弁当でも広げたい気分ですが、ここはひとつ遠乗りに(思いつきでやっているので、1人と1匹でgo)♪

家の周りの桜


お台場のドライブルートから


ランチはここ(の3Fで)


海へ


海風の心地よいウッドデッキ


東京湾アクアライン「海ほたる」PA


お船が遠く♪


---

帰路、八重洲ブックセンターへ。

『作家の家』プレモリ・ドルーレ:文(西村書店)
 内容的に、もっと書斎を本棚を……。(見せてもらいたいのですが)

『昭和モダニズムを牽引した男』菊池寛(清流出版)
 主に全集補巻を底本にした抜粋。内容的に古いです。功成り名遂げた男の時事エッセイに時の真実は漏れ出すはずもなく。(底本の方なら入手したいのですが)

『14歳からの世界金融危機。』池上彰(マガジンハウス)
 2008年からの世界金融危機を世界恐慌と明確に位置づけ、その発端から現状、見通しについての解説。解説としては、わかりやすいのですが(よい本だと思います)、著者からのメッセージ「金融の流れが回復するまで(みんな)がんばろうよ」というのや、(個人の)ストックを回すにしても、わからないものには手を出すな、という教示まで (^^;
相対的に日本の金融は(自由化が進んでいなかった分)健全だし底力もあるので、変てこりんな首相が音頭を取っていて頼りなくてもなんとかなる、悪流にはブレーキをかけたから、すぐには止まらなくても、いずれ効果は出る、大けがをして大出血して血液(=金融)の流れは止まったけれども輸血して回復への手は打ったから、今はリハビリ中ですぐにはよくならないけど、いずれ治るからから、それまでがんばろうよ、って、いいのかそれで14歳が相手だから?(^^;

……「相対的に健全な日本」でも、多くの人が自殺に追い込まれたり、しているのですけどね。

いいのかな、そんな悠長なことで。
確かに前の世界恐慌のときのように世界大戦を引き起こして解決することは、できないです。
それは愚の骨頂(論外)だけれども。
なにかこう、ぎりぎりぎりぎり痛いのですけれど、ぼくの身体中。

あと、アメリカの場合になぞらえて(日本でも)大胆な政策転換には政権交代が不可欠だと主張しています(一見、とても説得力があるので鵜呑みにする人もいそう、あなおそろしやアナスタシア)が、そうなのかなあ、どうなのかなあ。だって日本は二大政党制ではありませんからね。(もごもご……何か言いたげな、ぼく)

---

さらに勢いで夜桜鑑賞へ(^^;

靖国神社の境内


話には聞いていましたが、一の鳥居から延々と延々と、これでもかこれでもかと屋台が並んでいます。
すごい賑わい♪(写真に撮しきれていません)じつにろくでもない、そして楽しい雰囲気なのですが(one night stand であり寅さん的でもあり!)、そこはさすが日本。
おまわりさんもいっぱいいて、妙に安心感があります。
この夜の縁日でたこ焼きやりんご飴を買って(初体験♪)、ぶらぶら食べ歩き、千鳥ヶ縁緑道まで繰り出します。 

千鳥ヶ淵の夜桜

●甘酒

2009年03月03日 22時59分31秒 | 読書
3月3日だからというわけでもないけれど、いただき物の酒粕で甘酒をつくってみました。*1



出来合いの市販品より美味しいような♪
レシピはインターネットで調べました。*2

---

2月28日のニュースで、モリキ(森毅:もりつよし)さんが入院されたそうです。
知り合いでもなんでもありませんが、ぼくらの世代は、わりとふつうに「モリキさん」と呼びます、よね。
モリキさんは本業の数学より評論活動で有名だったりしますが、読書量は月に100冊とか。それで、ぼくは意識して月に200冊にしたこともあります。
もともと小さい頃から毎日5冊(図書館の貸し出し上限でした)は読んでいたのですが、モリキさんの話を聞いた頃は学部生で、数学者の倍は読むのでなければ自尊心を傷つけられるように思ってしまったのです。
当時は月に200冊読むくらい、なんでもありませんでした。*3
でも、今はやはり月に100冊くらい。いちいち数えているわけではありませんが、数えたらそのくらいは読みます。
モリキさんみたいな有名人ではないので贈呈本もいただけないですし、たぶん経済的には苦労していると思いますけれど。 


*1 甘酒とは白酒に異なるものながら。

*2 板粕(=酒粕)200グラム+水1リットル+砂糖100グラム+塩少々(隠し味)
酒粕がよく溶けるように気をつけて沸騰させるだけ。出来上がりに好みでおろしショウガを加えたり。

*3 中には一週間、一月かけても読み終わらないような本(研究書とか)というものもありますし、研究対象テキストなどは何度通読しても、どの時点で読了となるのか、いまだにわからないのですけれど。

●本棚をめぐるあれこれ:「タンタンの冒険旅行」

2009年02月23日 19時46分10秒 | 読書
ぼくら(ぼくと、ぼくのご主人:みか5さいちゃん)の暮らす小さな部屋の壁は本棚になっています。
壁=本棚の状態で、これはもう何年前でしょう、諸事情に鑑み、ご両親がリフォームしてくださいました。
それまでに何度、部屋中、家中の本棚を壊したことか、そのたびぼくら二人座らされて説教されるわ叱られるわ、「いい加減にしなさい」「ごめんなさい」でバトルな日々、日々本は増え続け、ついについに部屋の壁そのものを本棚にしてもらうことに。

リフォームは、そりゃあ一時的に本を動かすだけでも大変でしたけれど、最初は開いた口が塞がらないような顔をしていた大工さんもプロフェッショナルに黙々と工事してくださって、いよいよ完成した日。
ぼくら手を取り合って踊り喜びました。

「素晴らしい、素晴らしいですね、ヨンダくん」
「ええ。でも壁が本になったということはですね、(楽器の)音響的にはデッドです」
「かまわないのでR。近所に(楽器の音が)響かなくて、かえっていいじゃんか♪」
「そうですか。でもこの本棚(でも)いつまでもちますかねえ」
「この美しさを損ないたくない、もう本は増やさないのでR」
「なわけないでしょう」

リフォームしたての頃の本棚(=壁)の一部(今の状態は、とても公開できない)


---

そして、いまや床から高く積み上げられたブックタワーの間をぬって歩く生活。
小さな部屋は、さながら迷路のありさま。

「いわんこっちゃないですね」
「さすがに、まずいのでR。どうしよう、ヨンダくん」
「こうなったらもう、おかあさまだって許してはくれません。背に腹は代えられませんよ」
「どうしよう、ヨンダくん」
「ぼくのいうことを聞きますね」

そうです、背に腹は代えられません。
本棚も部屋のキャパにも限界はあります。(四次元ポケットを欲しい)
すでに楽譜とCDと漫画の大部分は納戸へ移しているのですが、このたび完全移動、最後まで部屋に残ったパタリロ全既刊(今のところ81冊、続刊継続中)も納戸へ移します。
ぎゃんぎゃん泣かれましたが、ここで心を動かしては仕事になりません。ひつじ(執事)の辛いところです。
さて、これだけでも、けっこうなスペースが……(沈黙)。

まだまだですね。
こうなったら腹をくくって、池波正太郎、山本周五郎には出て行ってもらいます。
鬼平よ剣客よ、さらば♪(居間へ行ってください)
さらに激しく、ぎゃんぎゃん泣かれましたが耳を貸しません。ぼくだって辛いんだ♪

このさいハリー・ポッターも、皇室関係にも出て行ってもらおう。
さて。
……少し床が見えてきましたか。


それにしても、本棚はもとより納戸はおろか廊下の物入から、洋服ダンスの引き出しまで本で埋まっているのは、もうどうしたものでしょうかね。

---

こんなことやってたら、土日はあっという間に過ぎてしまいました。
ずっと本を(紙を)触っているので、手指はガサガサに。
これはクリームやオイルで回復しません、時間だけが薬。
幾度も経験のあることながら、そのたび触れる一冊一冊の本が世に出るまでの産みの苦しみに思い及び(ぼくがこの本を手にするまでに、書いた人から編集装丁、カバーや帯をつけるような作業をした人、運搬搬入した人もろもろ、どれだけの人の労力によるものか)、胸が熱くなります。

---

(memo)
本を整理する過程で出てきた郵便物。
「タンタンの冒険旅行」シリーズを(日本で)出している福音館書店からの案内。
シリーズ最終巻が出たのは、もう1年前になりますが、今年DVDが発売されたそうです。(2月4日)

これも、本の方は不定期刊行で予約制ではなかったので、なかなか大変でした。
例によって、刊行予定は遅延遅延で引っ張りましたし。
ただ、福音館書店は登録した読者に、刊行案内をずっと郵送してくれていました。
それでも、ぼくは19巻から後を買いそびれてしまっているので、これから最終の24巻まで揃えるつもり。

タンタンもスノーウィ(ミルウ)も大好きなのです。
「真の旅人とは異形の友を連れているものでRよ」
というのは、みか5さいちゃんの言です。
その通りだと思います、ぼく。
いうまでもなく、西遊記のメンバーからスノーウィもスヌーピーも、そしてドラえもんまで、ね♪
  

●上野千鶴子講演会

2008年06月22日 23時00分25秒 | 読書
探していた本の在庫が確認できたので、ぐわんぐわんと唸るような頭痛を抱えて気乗りせぬままブックセンターの階段を上っていたときです。
すれ違いに階段を下りる一行の会話が耳をかすめました。*1

「控え室はこちらですから」

黒い上着に身を包んだ小柄な女性を囲む一群の気配は、容易に特定されます。

――上野千鶴子だ。

今日は講演会が設定されているのでしたっけ。
わーい♪(頭痛はどうした)


---

講演テーマは、『おひとりさまの老後』。(誰でも最後はおひとりさま)
いままさにベストセラーの著書に沿って。

前置きに、「この本は研究の副産物なのですけどねえ」って、「本業で出す本は売れないですけどねえ」って。
とても美しい声で、チャーミングな話法です。
上野千鶴子講演会は、ぼくははじめてではありませんが、どうしてこの美声に言及されること少ないのでしょうね。

目下70万部を突破中だとのこと。
毎週どこかしらで講演会をされているように思います。
社会還元でしょうか。(何か、ぼくに思いもよらぬ高い志があるのかも)

講演ではまず、「ここ8年の研究テーマは介護」であると聴きました。
ピッと、ぼくのアンテナが立ちます。もっと、ちゃんと聴く気で来るのだったかな。
いつも不思議に思っていたのですが、「(自身の)等身大の関心をテーマに研究して(以前はジェンダーだったり、家族だったり、そして今は介護)、しかもアカデミズム分野で生業にできている」。
並の人間ではないな、というか。(わかりきったことですね(^^;)

美声で切れ味鋭い説法から、いくつか抜き出します。
上野千鶴子自身も言いましたが、言ってしまえばいかにも簡単なことなのです。
(しかし、それを思いつくこと、考え出すことは並のことではないです)

<老後に、ただ時間があればしあわせということはない。何もすることのない時間は地獄である。>

<ヒマはひとりではつぶれない。――ひとり遊びできるほどスキルと根性のある人は、なかなかいない

<ヒマはひとりでにはつぶれない。――ひとり遊びには、スキルとノウハウとインフラが必要である

だからどうし(ておか)なければならないかという問題提起なのですが、これは講演も終盤にはいってまとめの段階での意義深い示唆。本にも載っていません。
じつは、これを話すとき「言おうか、やめとこか」風に少し考えておられました。
「言ってしまえば何でもないような重要事項」だからです。(ただで教えるのはもったいない、と思われたかも)

講演前半は、『おひとりさまの老後』への書評、世評について。
ご自身の血縁のことも少々。(サービスか)
講演終了後の質疑応答では、その鮮やかさに目を見張りました。
まったく的を射ない、要領を得ない質問に段取りをつけて、優しく回答、応酬します。(親切といってもよいくらい)

――強いなあ。

TPOをわきまえた優しさに、ほれぼれします。
横綱が幼稚園児を土俵に上げて相手にしているようなのです。

ライブなので、質疑応答では不測の逃しがたい一語を得ました。
上野千鶴子の本質を見た思いをしましたが、書かないでおきます。
よかった、美しかったからです。*2
ダメだ、これは書けないや。(今はまだ、もうしばらくは、かっこいい上野先生でいてもらいたい♪←短歌)


---

なにはともあれ、一般向きにかみ砕いた話法、内容にしての講演ですが、素晴らしい。
話術としても、大いに勉強になるのです。なんて話し方が上手なのだろう。


よくいるのは、上辺だけ上品ぶっても下劣な本性がにじみ出ている人。
その逆です。
どんなにくだけて、はすっぱなもの言いをしてみせても、上野千鶴子は上品です。
ほんものです。


ただ、該当著書に対するぼくの感想は前述のときから変わらないです(07年11月18日)。  


*1 八重洲ブックセンター8階(芸術・洋書フロア)へ上っていく途中の階段で、講演会場のある8階から下りてくる一行とすれ違いました。先にエレベーターで会場入りしてから(?)控え室へ下りたみたいです。

*2 ヒラリー・クリントンに関する話題ではないです。

●ティファニーで朝食を

2008年03月07日 23時14分14秒 | 読書
■『ティファニーで朝食を』T・カポーティ/村上春樹訳(新潮社)H20.2.25を買いに行きました。

最近1~2年来のことですけれど、都内の大型書店には書見コーナーが整備されてきています。
よく行くブックセンターでも、いつの間にかほとんどのフロアの窓際にテーブルと椅子が並ぶようになって、喫茶コーナーかと間違えそうな雰囲気。(もちろん飲食は御法度です)

それより以前は、書架の角に1人掛けの木の椅子が置いてあるくらいで、足の悪い人に気を遣った程度にしか見えなかったのですけれど。

新刊については、ぼくはけっこう立ち読みをしてしまいます。1人だったら読みながら3~4時間立ちっぱなしでも平気。
もちろん周囲の人の動きや、本を汚さないように気を遣いながらなので、それ相当に疲れはするはずなのですが、読んでいる最中は自分ではその疲れに気付きません。
ですから書見コーナーはよいアイデアだな、と思います。
少なくとも人の流れを気にしないで本を選びチェックする(読む)ことができるからです。
発刊点数は増えているのに売り上げは伸びないというご時世。ゆっくり本を選ぶことができたら、結果、売り上げに貢献するのでは。
でも、動線の無駄を省きたいぼくは結局、書見コーナーに座ることはなさそうです。(あらら)

書見コーナーについては改造移転前の大丸6Fにあったブックカフェの思い出を書きたいところですが……略。

さて、平積みは前評判高い村上春樹訳2冊。
1階入口を入ってすぐの展開です。

すごいなあ!
ティファニーブルーの表紙が桜前線に先駆けて満開♪
思わず目を奪われました。

ここで、あらかじめ立ち読みを省いて買おうと思って行ったのに、なぜかいきなり買う気がなくなりました。
ティファニーブルーの山を見たとたん急速冷凍、醒めてしまったような感覚で……。
自分のことながら、いったいどうしちゃったのでしょう。
しかたなく、知ってはいるストーリーを確認するためにページをめくり、訳文を少しチェックしました。

収録最後の短編に目が留まります。
「クリスマスの思い出」
どこか遠いところで鈴の音が鳴ったような。
理由はわかりませんが、聴覚ではない感覚で音を聴きました。

しかたないような気分で『ティファニーで朝食を』を持ってレジへ。
もう1冊の『ペット・サウンズ』は今回は見送り。
ビーチ・ボーイズといえばPet Sounds。CDは持っているけれど……うーん。
この手の音楽は、CDはけっこう流したのですが、いわゆるクラシック音楽に較べてダイナミックレンジの幅が狭く平坦で短いので、ぼくは面白くないです。
唱歌でもありませんし。
まあ、この本はしばらくは品切れにならないでしょう。(この時点でなぜか疲れている、ぼく)

コード進行が途中でおかしくなる展開の特徴的なビートルズ、といえばAbby Road (かなあ)。
It's Only Rock'n Rollなストーンズといえば、だからIt's Only Rock'n Roll(かなあ)。
というくらいには聴いているのですが、まあこれらは英語圏とはいえ「イギリスもの」ですが聴いてはいても、やはり……傾倒できない。


「村上春樹的アメリカ」なのか「アメリカ的村上春樹」なのか。
自分の肌に合わないな、と思いながらチェックしてしまう気弱さは何なのでしょう。(自問)

話を戻して、カポーティの「クリスマスの思い出」は鬼才山岸涼子の漫画が美しく素晴らしく、早くから心に刻印された作品です。
これは春樹訳より優れています。テキストと漫画を比較するのは不当でしょうけど。
山岸涼子作品の初出はなんとS51.1、漫画のタイトルは「クリスマス」でした。(もちろんリアルタイムで読んだわけではありません)

カポーティはいつだったか、ユリイカの1989.4特集をガイドに集中して読みましたが、ぼくにとっては心が「帰っていかない」世界です。知識として骨肉になってはいますが。
(でも、「叶えられた祈り」は面白かったです)

『ティファニーで朝食を』については、もはや新潮文庫版の訳(瀧口直太郎)と比較するのはナンセンスです。
訳文テキストにしろ装訂にしろです。
春樹訳はストレスなく読めますし、巻末の(春樹による)作品解説も一読の価値があるので、買って読んでよかったです。

どうも脈絡のない展開――今日は、他にも何冊か買って帰って即日読みましたが、なかなか読書記録としてつける気になれない……。

※ティファニーについて
銀座路面店が開店してしばらくは店の前に路駐する車もないくらい恐れ入った雰囲気でしたが、映画のようにカジュアルではないものの、今ではまったくふつうに銀座にとけ込んでいます。
――まあ、価格設定がおかしい世界です。
うっかり「見てるだけ」でも店員から名刺とカタログCDを渡されてしまうので恐縮してしまいます。(まるでティファニーで買い物をしたかのような紙袋を抱えて帰る羽目に)
 

●『おひとりさまの老後』

2007年11月18日 12時40分23秒 | 読書
風邪をひいてしまい、うつらうつらの読書中です。

■『おひとりさまの老後』上野千鶴子(法研)H19.7.12
高学歴を身にまとい、地位も名誉も財産も手に入れた知能指数の高い女性研究者が、一般ピープル女性向きに「も」ものした学術書ではないけれど「アカデミズムの香りを不可抗力にチラつかせた」現実的でありながら夢見がちな一冊。(そこがたまらないのだろうと思われます。売れています。流行っています)

小説家であったら、そこでもったいぶらないで「連れて行ってくれる」ところで「真実の隠しごと」にしか書かない(書けない?)ところは、やはり小説家ではないのは言うまでもないけれど(もとい小説ではない、のはもちろん悪いことではないわけで)、ノンフィクションにしてその隠し方は一流プロの仕業(フィクションもないまぜにされているのかも)。あけすけに見せられたら興醒めするプライヴァシーを上手く見せ隠しにするエロティシズムが高尚にあこがれる勘違いしたハイソ願望女性をそそるのでありましょう。
おそれおおくも上野センセイと自分の境遇を比較しちゃったりして。(すごい勘違いです)
それをやっちゃあ、おしまいよ――でも、やっちゃってるのだろうなあ、この売れ方は。

読者のなかには、いつの間にか「わたしだけの(賢い、はっちゃけた正義の味方)上野先生」が――なので、やはりアイドルなのです、この先生。

テキストに戻ろう。

どうして酒井順子の「負け犬」定義を便宜的にしろ前提にするところからはじまっているのか、さっぱりわかりません。(かほど世俗の現実感を錯誤するがごとき現実離れを起こしちゃっているのでしょうか)

自らの境遇を「負け犬」定義に帰しながら、その実、多くの他人(女30未婚子なし)を暴力的に巻き込み、「みんなで笑われれば恐くない」的に自らを笑ってみせた酒井順子。
「あなた自分を美人だと思っているでしょう」と言いたくなるのと同じ目線で、「就職に結婚に育児にあくせくしている(低脳な)女がうっとうしくて貧乏くさくて見ていられなくて、余裕ぶっこいている自分を、ほんとうはあなた勝ったと思っているでしょう」と喝破されていることなどとっくに――。

エンディングに<香山リカちゃん、酒井順子さん>という呼びかけが来たら、もう……。
さらにラスト一行のコケットリーはなんなのでしょうか。(ぼくは遠い目になるしかなく)
洒脱な小悪魔なりし、かっこいい上野千鶴子先生。さすが往年の少女剣士とでも。

あと関連づけに、『恐くないシングルの老後』吉廣紀代子(朝日新書)、『老後がこわい』香山リカ(講談社現代新書)を読みましたけれど、なんだかもうずっこけて。
 

●千代田区立図書館

2007年11月14日 21時23分34秒 | 読書
千代田区立図書館へ行ってきました。
平日は22:00まで開館していることで話題の新しい図書館です。

http://www.library.chiyoda.tokyo.jp/

九段下から皇居の森を見渡すロケーション。(メインフロアは9Fに)
大隈重信邸跡に建てられた第三合同庁舎ビルの千代田区役所所轄側にあります。(ひとつのビルの内部が国の機関と千代田区の機関に分かれています)

――きれいで設備も整っていて素敵だけれど、22:00まで勉強したあと、ここから電車に乗って帰るのは、ぼくはいやです。
この図書館、家から歩いて3分のところにあってくれたらなあ。 



(↑)図書館の10Fフロアで(千代田区の小学生による手漉き和紙作品)

●東京の洋菓子あれこれ

2007年08月26日 23時23分41秒 | 読書
お土産に美味しいお菓子をもらうと嬉しいものです♪
少し前のお中元の季節には贈り物を選ぶのも嬉しくて、ついでに自分の分も買ったりして。
ただ、東京銘菓を選ぶのはひと苦労。
デパ地下で選ぶ贈って安心、もらって安心の有名どころは、あんがい神戸本店なんてことが多く、それよりは近くても鎌倉本店だったりするからです。

(昨今、テレビで見る芸能人の豪邸応接室テーブルに鎮座ましましたる&一部一般OLに膾炙するところのピエール・エルメだとかピエール・マルコリーニ、レダラッハにアメデイ(価格設定がおかしい世界)ときたら本店は日本でさえなく、ヨーロッパのどこかです)


東京本店の美味しい洋菓子というものも、もちろんあります。
有名なところで小川軒のレイズン・ウィッチとか。(これは六花亭のマルセイバターサンド(北海道)の原型になったお菓子らしいです)
あまり名前を聞かない小さなパティスリーの名物ロールケーキなどきりもなく。
でも、日持ちを考えると「お持たせ」にできないことが多いです。
それに、こういうお店はデパ地下には入っていません。

日持ちする有名どころではそうですね、洋菓子ではありませんがとらや(虎屋)の羊羹は高級なのでしょうけれど、贈る側としては年輩臭くて(今はまだ)いやだよう~。


そこで、ぼくが選ぶ東京(でしか入手できないらしい)銘菓。(洋菓子の部)

 1.ウエスト「リーフパイ」
 2.ヨックモック「シガーロール」
 3.コロンバン
 4.ベルン
 5.キハチ
 6.東京會舘
 7.神田精養軒

1.2.あたりが無難でしょうか。
ぼくはコロンバンのクッキーがとても好きなのですけれど(あまり見かけないです)。
5.は「流行に敏感なの知ったかぶりさん」ぽくて個人的に好きじゃないな、美味しいけれど。
いちおしは、7.神田精養軒でしょうか。


この神田精養軒の歴史、詳しい人に笑われるから書きませんけれど、インターネットで調べたらすぐわかると思います。
でも、ぼくが神田精養軒を好きな理由はそのお菓子ゆえにです。
パティシエさんだか、ショコラティエさんだかがよいのだと思いますけれど、チョコレートは絶品。でした。今も変わっていなければ、間違いなくぼくはゴディバのものより神田精養軒のチョコレートを選びます。
マロン・グラッセも甘くて、今風ではないちょっとなつかしい味です。
お値段も、それほど気取っていません。

……でも、外向きにはウエストやヨック・モックの方が無難なのかなあ。
神田精養軒はその雰囲気が田舎臭く(見え)て、趣味の合わない人からはばかにされそうです。


------

お菓子の大好きなぼくが、ほしくてたまらない本のこと。

 ■『日本洋菓子史』池田文痴菴((社)日本洋菓子協会連合会)S35

精養軒や村上開新堂、コロンバンといった名前も、もちろんここには出てきます。
内容の主だったところは、今はネット上(ホームページ)に載っています。
 http://www.gateaux.or.jp/g/dictionary/history.html

これの実物は、調べたらべらぼうな価格で取り引きされているみたいです。  

●本をめぐるあれこれ(嫉妬編)

2007年06月03日 22時53分39秒 | 読書
去年のことです。
中央公論新社から箱入りの愛蔵版で、村上春樹訳『グレート・ギャツビー』が出ました。
当時、神保町、三省堂書店1階フロアのいちばん目立つところで平積みに披露目られている、それを見て、ぼくは――ああ、これは買わなけりゃ(ならない本だ)――そうではなく、ぼくは。
ぼくは、嫉妬の炎で自分の身が燃え上がるような思いでした。あやうく、その場で嫉妬の涙をこぼす寸前でした。
こう書くと、よほど『The great Gatsby』が好きで、それを村上春樹に獲られたような、屈折した思いがしたのだろうかと思われそうですが、そうではありません。
もちろん、ぼくも『The great Gatsby(グレート・ギャツビー、華麗なるギャツビー)』は過去に何度か読んでいますし、好きではあるのですが、そうではなくて。


いまどき、箱入りの愛蔵版で本を出せるなんて、よほどのことだと思います。
しかも、何かの全集ではなくて、一冊を、自分の思い入れの一作品を。
どうしたら、そんなことができるでしょうか。
どう認めるか(認めないか)は問題ではなく、現にそれができるのは、「村上春樹だから」です。

――村上春樹の思い入れた本だから。

ぼくにも、大切な思い入れの本が、物語があります。
知る人は知っているでしょうが、今ではポピュラーとはいえない名作です。
ぼくも、その、ぼくの大切な物語を、ぼくの訳で豪華愛蔵版にしたい、されたいです。
だから、ぼくは嫉妬しました。


ぼくは、うらやましくてたまりませんでした。
ぼくは、うらやましくてたまりませんでした。
うらやましくて――嫉妬で涙がでそうでした。
その場では我慢したけれど、家に帰ってから泣きました。(ヨンダ泣き)


本を見てそういう思いを抱いたのは、はじめてでした。
ぼくは、有名になりたいです。
ぼくは、ぼくの大切な本をぼくの訳で豪華愛蔵版にするために、有名になりたいです。
はじめて、ぼくは渇望します。

---

(今日のこと♪)

著名人の語る「すきなもの(3つ限定)」コーナー(毎日新聞)で、山田太一が、音楽、絵画、本からそれぞれひとつずつを選んで挙げていました。
中でも、本については、『サミング・アップ』モーム(岩波文庫)を取り上げ、そのエッセイを褒めています。(でも、モームの書く小説はそれほどでもないのだとか)

実はぼくは、『サミング・アップ』をまだ読んでいません。
がぜん、読みたくなりました♪
なんだか、読む前から期待でわくわくします。
まず、書店で本を探す悦びから。(2007年2月刊、いくつかの書評でも話題になっていましたが、まだ入手していないのです)
 

●この本、何の本♪

2005年12月08日 18時27分29秒 | 読書
見慣れない本が、机の上にありました。
(ぼくは、みか5さいちゃんの本の管理人もしているのです)
奥付を見ると、10年くらい前の版です。

――借りたのかしら。
尋ねたら、やはりそうです。幼稚園の知り合いが、貸してくれたのですって。
「明日返すから、それまでなら読んでもよいよ」
わーい♪

■『死因を辿る―大作曲家たちの精神病理のカルテ』五島雄一郎(講談社+α文庫)1995.12

40人の作曲家について、その死因に限らず、作曲の動機と傾向に結びつく精神病理、エピソードを、広く浅く、わかりやすく紹介しています。

うんちく本もピンからキリまで。通説、俗説をまことしやかに活字に組み上げた「まがいもの」や、著者の思い入れに偏った「辛い本」も数ある中、これはヒットです。
「根拠ある」事実と推論を広く浅く編み上げた、「薄い内容の本」で、一人の作曲家について語るなら、もの足りないくらいなのが、逆に読み手の思考想像力を刺激する。そこで終わるもよし。続きを調べるのもよし。
知らない人には、「へえ、そうか」と思わせ、上回る知識を持つ読み手を、ニヤリとさせる。「通説を鵜呑みにした嘘」を書き立てていないので、読んでいて疲れない。

この著者は、的を射た趣味人。でたらめではないディレッタンティズムが好印象。(と、みか5さいちゃんは評しました)

ぼくとしては、「読書の邪魔にならない本」なので、楽しいし好きです。でも、p.367で、<驚きのどん底>だなんて、そんな表現はないよ、とずっこけました。
文章表現上、「あきらかに変」だったのは、そこだけでした。