日本海に浮かぶ厳かな聖地・杜束(とつか)島には、誰も知らない伝説がある。
荒波の絶海に阻まれた孤島に生まれ、その身に刻印を宿した乙女たちが命を賭けて相争う。剣を払い、薙ぎ、貫くことで大蛇神(おおみかみ)の災禍を鎮める。そのふたり・御神巫女たちの死の舞踏の果てに、生き残る者はただ一名。敗者の精魂は勝者により、荒ぶる島の守り神に捧げられねばならない。要するに人柱なのだ。この奉天魂により悲しき儀式が幕を閉じる――その一連の秘儀を「御霊鎮めの儀」という。この瑞穂の国に残るひそやかな伝承のうちでも、ひときわ残酷な少女たちの運命である。もちろん、文字に起こして津々浦々に伝えられることはない。島民たちは口を重く閉ざし、島の繁栄のために、ただひとりの少女の死を待ち望む。
これは、そんな過酷な運命のもとに生を受けた十五歳の少女ふたりの、甘く、切なく、ささやかな日常のひとコマをつづったものである。
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──ここは日本の首都・東京。
故郷の島で御霊鎮めの儀までしのぎを削りあうはずの、御神巫女たちはなぜかシティライフを謳歌している。きっかけは片方の少女の「お願い」からだった。勝ちを譲るから最後のその日まで「わたしの大切な存在」になっていてほしい。こんなお願いひとつで、なぜか攻防戦は一時中断。それはこの秘儀の歴史上、類を見ないことだったに違いない。
皇月千華音と日乃宮媛子との「お付き合い」がはじまって、すでに数か月。
賑やかな大都会の観光地巡りも。座席数の少ない下町の映画館での鑑賞も。古民家カフェでのランチも。果樹園でのいちご狩りも。体験工房で挑んだアクセサリー製作も。きわどい歌詞のラブソングを熱唱した密室のカラオケも。UFOキャッチャーに熱中してしまったゲームセンター遊びも。駅前ではストリートミュージシャンに手拍子を送り、公園では鳩に遠慮しながら手づくりのサンドイッチを分け合ったことも。親友として、そつなくこなしてきたつもりだった。お年頃の十代が興味のある楽しいことは、ほぼすべて。
だが、ふたりはただ遊ぶだけのお友だちでいいのだろうか。
千華音は理解ある姉で、媛子は甘えた妹、そのままでいいのだろうか。いつかのその日が来るまで、いずれのあの日を忘れるために、ふたりは女子高生らしい日常を淡々と消化していく。
ふたりに感情のさざ波が立たないことはなかった。
夏の終わり、海辺遊び以降のささやかな誤解をめぐってイザコザはあった。けれども、媛子の住まうマンションにお呼ばれし、そして外泊もしてしまったことで、千華音はすっかり媛子にのめりこんでしまっている。
そんな状態に、島の神官たる九頭蛇の一人にして、この度の御観留め役に選任された近江和双磨が面白いはずもなく――。
【目次】姫神の巫女二次創作小説「さくらんぼキッスは尊い」